2018 Fiscal Year Annual Research Report
身体感覚を通じた場所化に関する文化人類学的研究―シベリア・ユピックを事例に―
Project/Area Number |
18J20444
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
一戸 恒人 京都大学, 人間・環境学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | アラスカ / ユピック |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の主たる調査地である米国アラスカ州セント・ローレンス島における実地参与観察調査を前に、島の空間と地理に関する鳥瞰的・客観的な情報を整理する必要があったため、フリーソフトQGISを使用し、島の地理・地形・地名・人工物等について、現地調査や文献調査によって得られた情報や、米国公的機関の発行した地形や標高に関する情報、衛星画像データなどを単一座標系のもと統合し、データを整理する作業を行った。既に蒐集していた数百に及ぶ具体的な土地を表す語彙とそれらが示す位置をGIS上に記録し、後述する現地調査において現地のハンターとともにそれらの確認や補正を行なった。また、高解像度の衛星画像データを用いて、氷雪が融解・消失する夏季における島の地表面の状態を精査した。島の広範囲に確認できる四輪駆動バギーの轍からは、島全体に及ぶ広大な移動経路網の存在が示唆された。同時に狩猟・採集キャンプ小屋の位置を記録し、その分布からは、小規模集落が沿岸部に分散していたという歴史的経緯との関連がうかがわれた。2018年10月の第27回地理情報システム学会研究発表大会においては、GISを用いたこれらの成果について、特に轍の観察と記録の観点からポスター発表を行なった。 2018年12月から2019年3月にかけては、3ヶ月弱にわたってセント・ローレンス島ガンベルにおいて現地調査を行い、50代のハンターとその妻が暮らす家庭に滞在し、寝食をともにした。町の内外において狩猟をはじめとする日常生活を経験しながら現地語の運用能力を磨き、島の地理や狩猟活動等に関する面談調査を実施した。年間を通じて、主として空間に関する人類学的文献とGISの基礎と応用に関する技術的文献を収集、繙読した。また現地調査では、現地住民のライフヒストリーや口頭伝承等に関する、入手困難な文献にアクセスすることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度の前期には、現地調査において必要となるであろう鳥瞰情報の整理やGISの利用、その成果発表を行った。これらは当初予定していなかったことだが、本島における継続的な調査を見据えると、学際的な方法論の模索と議論の深化を図る上で非常に有意義であったと考えられる。今後の現地調査においても収集する予定である、狩猟やキャンプの記録と地理や環境に関する情報を総合・分析するための土台とすることができる。初年度の後期に行った現地調査においては、町外での狩猟活動への同行は想定ほど頻繁には行えなかった。これは気象等の悪条件が重なったためである。そのため、微地形や身体感覚等、ミクロな次元への着目を要する調査に関しては予定通り遂行できたとは言えず、今後の調査において集中して取り組む必要がある。しかし、三ヶ月弱にわたる現地滞在のなかで、度々訪れる嵐や海岸の侵食といった環境変化と、それに対応して生きる人々の暮らしを具に観察することができただけでなく、文献蒐集や言語の修得、ラポールの構築などの点で成功・成長を収めることができた。人間と空間や場所、地理との相互作用への理解を深めるためにはさらなる調査と議論が必要であるが、初年度としてはおおむね順調に研究が進展していると自己評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の現地調査は、2019年5月から6月にかけてと2020年3月から5月ごろにかけての二回、計5ヶ月弱ほどを予定している。5月から6月期の調査はセント・ローレンス島ガンベルと、可能であれば同島のもう一つの町、サヴォーンガを訪問して行う。北極海周辺の海氷が溶融・北進するこの時期は、季節的に回遊するクジラ類やセイウチが島の近海を通過する時期である。狩猟・採集キャンプのほか、現地のハンターらとともに島を探索する予定である。なかでもボートを用いた海上における狩猟と、バギーによる移動を伴う陸上における狩猟やキャンプと、その際の気象・環境条件や言語表現、身体動作等が主たる関心の対象となる。前者では、GPSデータに加え、視界に入る陸地と現在地の関係や無線機器の利用による住民同士の通信等にも着目して記録し、データの蓄積を目指してより多くの狩猟への同行を目指す。また、後者においては、これまでの研究で明らかになったバギーの轍の利用が、いかにハンターたちの即興的・探索的動作と連携・調整されているか、島のより広い範囲を旅して記録を残し、GISデータと照合して探る。島やその周辺における住民たちの移動を民族誌的に記録し、住民の空間への認知をどのように理解するかを議論するための資料としたい。後期には、現地調査の記録と文献研究の成果をまとめながら議論を深め、人類学のみならず、人文地理学、地理学等も含めた学術誌への投稿論文を執筆する予定である。これらの内容は、令和2年度にかけて各種学会においても発表することを目指す。また、時期を問わず文献研究も行う。その際に中心となるのは、人類学のみならず人文地理学や地理学、建築学等の隣接諸分野における空間論と、セント・ローレンス島やユピック、イヌイット文化に関連する文献である。
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