2019 Fiscal Year Annual Research Report
社会主義期ハンガリーの国立民俗アンサンブルにおける文化ナショナリズム
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18J21122
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
松井 拓史 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ハンガリー / 社会主義 / 冷戦 / 音楽 / 舞踊 / ナショナリズム / 文化外交 / 民俗アンサンブル |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は主に次の2点について考察をすすめた。 1)ハンガリー国立民俗アンサンブル(以下MANE)におけるジプシーの扱いについて。社会主義体制下、ハンガリーのジプシー楽師たちは反社会主義的性格を持つものとして排除される。その中で結成されたMANEは,諸般の事情によりジプシー楽団式の「民俗オーケストラ」を擁することとなるが、当然、社会的風潮(ジプシー楽団の排除)と折り合いをつける必要があった。また、当時発行された新聞記事は、MANEのジプシー楽師たちを「我々の音楽家」と呼んでおり、それまでハンガリーの都市文化の一部でありながら他者でもあり続けてきたジプシーたちを内包しようとしている。しかし同時に、MANEの【ジプシーの踊り】というプログラムでは,他者としてのジプシー像が再生産されている。このように,MANEにおけるジプシーたちの表象は様々なレベルでずれており,それはジプシーに対する歴史的認識と社会主義イデオロギーのずれから生じたものである。 2)MANEの海外ツアーについて。MANEは1950年代から西側・東側両陣営で海外ツアーを行っているが、これらツアーの政治的機能を冷戦外交の文脈で考えるなら、西側陣営,つまり相手陣営においては当地の聴衆の心を勝ち取ることが、東側陣営では「社会主義文化」の正当性を再確認し、陣営内の結束をより強固にすることが優先されるべき課題であったと言える。 このような認識はある程度妥当性を持つが、しかしその一方で形式的で集団的なレベルにとどまっている。これら海外ツアーが当時の社会や人々にとっていかなる現実的な意味をもっていたか明らかにするため、MANEの50年代の海外ツアーを概観し、メンバーの残した日記やインタヴュー、各地で刊行された新聞・雑誌記事を分析することで、MANEに対するプロパガンダ装置としてのイメージを相対化することを試みている段階である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の目的は、社会主義時代のハンガリーで結成された民俗舞踊団であるハンガリー国立民俗アンサンブル(以下MANE)の活動を、社会主義イデオロギーを喧伝するプロパガンダ装置という既成の枠組みを越えて分析することにより、これまで単純な二項対立図式によって理解されてきた社会主義体制下の政治・社会・文化状況を再検討し、その複雑さを意義のあるかたちで描き出すことである。 現在までの調査・研究により、社会主義体制について描写する際に用いられてきた「抑圧/抵抗」「自由/不自由」「公式文化/対抗文化」といった対立的図式によっては説明できない事例を数多く発見している。それらは社会主義イデオロギーやハンガリーの文化ナショナリズム、冷戦期の文化外交政策といった諸々の要素がぶつかり、絡み合った結果うまれたものであり、それぞれの事例が抱える内的矛盾を正当化するためのナラティヴがその都度形成されてきた。これらを明らかにしたことは、研究課題の目的を達成しつつあることを示している。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウイルスの流行にともない、ハンガリーへの渡航時期が未定であるため、当面の間は手元にある資料の整理・分析を行う。また、すでに発見しているが分析しきれていない事例がいくつか残っているため、それらについて検討し、アントワーヌ・ド・ベックの「非量的・連続的歴史」理論をもとに、それぞれの事例を関係づけて記述する方法についても検討する。
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