2018 Fiscal Year Annual Research Report
朝鮮通信使の再発見-在日コリアン研究者の歴史実践と境界アイデンティティ-
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18J21445
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Research Institution | Kyushu University |
Research Fellow |
山口 祐香 九州大学, 地球社会統合科学府, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 歴史実践 / 在日朝鮮人史研究 / 日韓交流史 / 下位の対抗的公共圏 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、朝鮮通信使研究を通じた在日コリアン研究者の歴史実践を明らかにするため、対象となる在日コリアン研究者の著作や回想録、更に80年代の関西圏における在日コリアンの社会運動に関連した資料を収集すると共に、在日コリアン研究に関する先行研究の整理を行った。 また、修士論文を加筆・修正した論文2本を学術誌に投稿し、掲載された。特にグローバル・ガバナンス学会の学会誌『グローバル・ガバナンス』に投稿した論文(題「朝鮮通信使関連文化事業における越境する市民公共圏‐「世界の記憶」登録推進事業をめぐる対立と協働‐」)では、ナンシー・フレイザーの「下位の対抗的公共圏」の概念を用い、歴史実践と日韓交流の過程から朝鮮通信使関連文化事業を描いた修士論文の内容を更に発展させ、トランスナショナルな多元的公共圏の形成とローカルな対抗的言説が生み出されるという観点から同事業の意義を再検討することが出来た。 加えて、5度のフィールド調査を実施し(東京都、大阪市、神戸市、京都市、長崎市)、資料収集を行った。また、朝鮮通信使関連文化事業や在日コリアンの社会運動関係者3名にインタビュー調査を実施した。 以上の研究成果を踏まえ、対象となる在日コリアン知識人らのライフヒストリーを整理すると共に、1980年代の関西圏における在日コリアンを中心にした様々なアクターが参画する市民運動を中心に、朝鮮通信使を主題にした歴史実践がいかに取り組まれてきたかを考察し、論文として発表するべく準備していく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度の研究方針は、在日コリアンや社会運動等に関する先行研究をレビューし、博士論文で扱う研究課題の学問的な位置づけを探ることに重きを置いて作業を行った。先行研究を概観する中で、イデオロギー対立や反差別運動などに傾斜していた以前の研究の主流から、より在日コリアン個々の活動や内面に迫る多様な研究が増えている中で、歴史実践という角度から在日コリアン知識人のライフヒストリーを語りなおす意義を見出すことが出来た。また、本課題で取り扱う1980年代の関西圏における在日コリアンの文化交流活動、特に他の日本人知識人や地元住民との協力に関する先行研究が不足していることが分かった。フィールドワークを通じ、それらに関する主要な資料を集めることが出来たので、今後の分析対象としたい。 更に、在日コリアン知識人の歴史実践を取り扱う中で、「なぜ1960年代以降彼らが日朝交流史に関心を持ち始めるのか」という問いが当初からの課題であった。先行研究のレビューとフィールドワークの成果により、戦後在日朝鮮人の脱植民地化運動と南北分断後の挫折の中で、自己や他の同胞のアイデンティティ確保に関わる朝鮮の歴史、更に日本や日本人との関係性に関心をもって文化的活動を行う集団が生じ、その過程で近世史や古代史についての研究が急速に進められたことが分かった。 また、本研究の前段階となる修士論文の内容を修正した論文2本を査読付き学術誌に投稿し、発刊することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究を進めるにあたって、まず昨年度に収集した在日コリアン研究者関連のメモワール、機関紙、会報等の分析を優先させていく。特に大阪でのフィールドワークを実施した際に、1980年代の猪飼野地区を中心とする在日コリアン主催の市民団体やカルチャースクールの活動を記載した資料を入手しており、博士論文の主要な1章を担うことが予想されている。分析成果は6月の国際高麗学会、7月の日本国際文化学会にて発表し、論文としてまとめる予定である。また、博士課程在学中に研究成果をまとめた英語論文を学術誌へ投稿することを目指している。 更に、本年も引き続きインタビュー調査を実施する予定である。直近では、高麗美術館(京都市)の鄭喜斗氏、辛基秀の伝記をまとめた通信社記者の上野敏彦氏、朝鮮通信使縁地連絡協議会発起人の松原一征氏、「青丘文化ホール」でスタッフをしていた男性などへのインタビューを予定している。彼らへのインタビュー調査を通じ、1980年代の関西における在日コリアンの歴史実践活動、日本人アクターとの連帯、朝鮮通信使関連文化事業の展開等についてより詳細に明らかにすることが出来ると考えている。 そして、朝鮮通信使を切り口に在日コリアン研究者の歴史実践や、多様なアクターによるトランスナショナルな文化交流の軌跡を描く上で、議論の補強材料となる統計・新聞等の資料を収集していく予定である。在日朝鮮人団体発行の機関紙や年鑑、新聞記事、各自治体発行の統計資料などを利用して、事実関係を整理していく。 ただし、当初予定していた九州大学韓国研究センター所蔵の「辛基秀文庫」の資料調査は、キャンパス移転作業のため前年度に実施することが出来なかった。本年度は大学側に開示を申請し、資料収集を実施する予定である。 以上の作業を通じて収集・分析した資料を基に、3年次での博士論文執筆を予定している。
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Research Products
(4 results)