2019 Fiscal Year Annual Research Report
古典期アテナイ、アクロポリス奉納記念物研究―公的奉納と私的奉納の違いについて―
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18J21643
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
小松 誠 筑波大学, 人間総合科学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 西洋古代美術史 / 西洋古典考古学 / アテナイ / アクロポリス / 奉納物 / 神話 / 先祖 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、古代ギリシアの都市国家(ポリス)アテナイの聖域アクロポリスに前6/5世紀に公費で設置された奉納彫像と私費で設置されたそれらの宗教的・社会的性格の違いを、神話上の人物を表す奉納彫像の分析を通じて、美術史学的視座から検討することを目的とする。 A. E. Raubitschekがによる当時のアクロポリスの奉納物のカタログでは、両者の違いは奉納物の台座に刻まれた碑文から知られるとされた。だが、両者の違いは台座の碑文以外に、奉納物に表現された主題(例えばアテナイの伝説上の英雄の像)においても示されていたと思われる。その為、本研究ではアクロポリスに奉納された英雄像が主な研究対象である。 この聖域の他にデルフォイやオリュンピアにおいても、英雄像がポリスによって戦争での勝利を理由に奉納されていた。その中にはアクロポリスの場合も同様に、公費で建立されたと考えられる英雄像がある。だが、この聖域では同時に一個人によって奉納された英雄像も知られる。従って、どのような場合に公費で、どのような場合には私費で英雄像がアクロポリスに奉納されたのかという問いを本研究の中心に据えてきた。 これまでに前430年頃までに制作されたとみられるアクロポリス上の英雄像及び比較作例のカタログを作成し、その研究史を整理した。比較作例とは、主に古代人が聖域に建立した彼らの先祖の彫像である。具体的にはデルフォイとオリュンピアに諸ポリスが戦勝を記念して捧げた英雄像及び、アクロポリスにアテナイ人が奉納した自身の父親の肖像である。これらから聖域における彫像の奉納習慣の根底には、祖先崇拝の文化が横たわっていたことが窺われ、アクロポリス上の英雄像の一部についてもその一つの表れとして捉え直すことができるのではないかと考えるに至った。奉納の契機や理由に応じて、先祖に関わる主題や彫像が選択されていた可能性が浮上した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究基盤の構築: 前430年までにアクロポリスに設置された英雄像と比較作例となる前6世紀から前4世紀にかけてデルフォイやオリュンピアに奉納された英雄像とアテナイの様々な聖域にアテナイ市民が奉納した自らの父親の肖像のカタログを作成し、研究史を整理することができた。この作業から、聖域における記念物奉納を通じた祖先崇拝という文脈においてアクロポリス上の英雄像を検討するという本研究の基礎的な枠組みの具体化が進められた。 在外研究の継続:今年度も9月にギリシア共和国アテネ市内の聖域とオリュンピア、そしてエジプト・アラブ共和国のカイロ及びルクソールにおける国外調査を実施し、前6/5世紀の奉納物についての資料を収集した。 加えて、フライブルク大学での在外研究を継続した。在外研究先では、この領域をリードする研究者から報告者の研究課題に関する助言を得ることができた。また、デルフォイ、オリュンピアそしてアテナイ各地に点在するローカルな諸聖域に奉納された英雄像や肖像については、19世紀以来の膨大な研究の積み重ねがある。当地の研究所付属の図書館にて、それらの研究文献の読解を進めた。 研究成果の公表: 五月に開催された美術史学会第72回全国大会及び七月に行われたフライブルク大学古典考古学研究科が主宰するコロキウムにおいて研究の進捗を報告した。現地の研究者からアクロポリス上の英雄像の研究方法についてコメントが得られた。これらの成果を論文に纏めて学会誌『美術史』に投稿し、査読を経て採択された。この論文は2020年10月に公刊の予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も、当初の計画の通りにアテナイ・アクロポリスに奉納された前430年以降に年代づけられる英雄像についての研究を継続する。これらを研究する手がかりとして、アクロポリスや他の聖域に建立された遠い英雄的先祖の彫像、父親の肖像、それにこの家族のための奉納物と、さらに先祖に言及する文芸作品や法廷弁論が挙げられる。 アテナイではアクロポリス、アゴラそれにアスクレピエイオン等の聖域において、市民が自らの家族構成員のために肖像を含めて様々な種類の奉納物を建立しており、それらの碑文つきの台座が出土している。これらの多くがギリシア碑文集成(Inscriptiones Graecae)に纏められており、これに基づいて研究が進められてきた。当時の詩人ピンダロスやフェレキュデスの詩篇の中には、当時特定の市民の一族の英雄的先祖や家系図を題材とするものがある。また詩篇に加えて、デモステネスらの法廷弁論においても、弁者が自らの先祖と彼らのアテナイ民主制に対する貢献について言及する箇所がある。最後に、戦争において死没した市民のために執り行われたペリクレスやリュシアスらの葬送演説では、先祖に対する尊敬の念が強調され、同時代のアテナイ人にとしての規範として先祖の挙げた優れた功績や美德を掲げられたと言える。このような先祖もしくは家族の歴史についての伝承を伝える文献資料についての近年の西洋古代史・古典文献学上の議論を整理する。 上述の手がかりに関する先行研究の整理を通じて、古代アテナイの宗教的・社会的営為に通底する先祖への畏敬の念を浮き彫りにする。聖域における彫像の奉納を通じた先祖崇拝という文脈でアクロポリス上の英雄像を再解釈していくことを計画している。
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Research Products
(4 results)