2018 Fiscal Year Annual Research Report
アッバース朝期イスラーム社会の性愛観念とその実態:同性間性愛関係に着目して
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18J21693
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
辻 大地 九州大学, 人文科学府, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 初期イスラーム / 社会史 / アッバース朝 / セクシュアリティ / 同性愛 / 男らしさ / アラブ文学 / 逸話 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、性愛にまつわる観念と実態についての検討を通じて、アッバース朝期のイスラーム社会を従来にない視点から描き出すことを目的とする。 報告者は前年度までに、当該社会の性愛観念においては、男性/女性という身体的性に基づく区分よりも、成人男性/非・成人男性という社会通念に基づく区分が重要であったことを明らかにしている。そうした社会では、成人していないとみなされる者は男性であっても成人男性の性の対象となり得た。一方、成人している男性同士の性的関係、特に成人男性が受動の側で行う性行為は強い忌避感でもって捉えられていた。 そこで本年度は、成人男性と非・成人男性に対する認識の差が何に由来するのかという点を中心に研究を進めた。具体的には(1)身体的に成人男性でありながら受動側での性交を好むムハンナスと呼ばれる人々や、(2)男性器の除去によって男性性を失ったと認識されていた去勢者という、いずれも当時の性愛の文脈においては「異常」だとみなされていた者たちの捉えられ方に着目した。この結果、当時の性愛観念の中で、ある人物が成人男性として認識されるには単に身体的に成熟しているだけでなく、「男らしさ」を有することが重視されていたことを確認できた。一方、特定の振る舞いを通じて対概念としての「女らしさ」を獲得することも可能であり、ムハンナスをはじめ実際そのような人間集団も史料上に認められる。しかし、彼らを好意的に捉える文脈は限られたものであった。 加えて(3)同性間での性愛関係にまつわる言説の通時的な変化についても検討を行なった。同性と性交を行なったという「行為」が誹謗・中傷の対象となっていた事例が、時代が下るにつれて、性交を行なった者に「同性と性交を行うことを好む者」というレッテルが貼られるようになり、最終的にはその者が心的に「異常」な性質を持つという言説へと変容していく様を観察することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記概要に記した研究について、(1)に関しては「日本オリエント学会第60回大会」にて報告を行い、(2)に関しては萌芽的な内容ではあるが雑誌『シルクロード』(九州シルクロード協会会報)の学術記事にて取り上げた。また(3)に関しては「イスラーム地域研究・若手研究者の会 例会」で報告し、有意義なコメントを受けることができた。 さらに、前年度までに行なっていた本研究の前提に当たる内容については、イタリアのソレントで行われた“The 21th Annual Mediterranean Studies Association Congress”にて口頭発表で、また福岡で行われた“The 4th World Social Science Forum 2018”にてポスター発表で報告し、成果を広く学界に問うことができた。 いずれの内容も論文化までには至らなかったため、当初の計画以上に進展しているとは言えないものの、おおむね順調な進展であると評価できよう。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策として、まずは今年度行った上記の研究について、(3)については論文化を目指し、(1)と(2)については学会・研究会などでの報告を通じて内容の深化を図りたい。現段階では、6月にアテネで行われる国際学界“17th Annual International Conference on History and Archaeology: From Ancient to Modern”において(1)のムハンナスに関する内容の報告を、9月以降に福岡大学で開催予定の東洋史学研究会において(2)の去勢者に関する内容の報告を行うことが決定している。さらに去勢者については、トルコ共和国スレイマニエ図書館所蔵の未刊行写本を利用して研究を進めることも計画している。この写本は、去勢者に対して否定的とされてきた前近代イスラーム社会において、性愛に関連する事柄にも言及しつつ彼らの長所を記述するという内容のもので、従来にない去勢者像が現れることが期待できる。 今年度から新たに着手する内容としては、イスラーム初期における法学的な議論や、辞書・事典類において同性間での性関係がどのように記されているのかを検討したい。例えば、ある法学書では成人男性同士での性愛関係と、成人男性と非・成人男性との性愛関係とが、全くの別物として議論されているように見受けられる。そうした、ある種当時の「定義」が直接的に記される史料群中の記述を比較検討することで、当該社会の人々が有していた性愛にまつわる認識をより明確な形で抽出し、ひいては当時の社会に通底する心性を見出すことができよう。その際、報告者の所属する九州大学で次年度より使用が可能となる「大英図書館所蔵・初期アラビア語刊本データベース(神学・法学)」を積極的に活用する。
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Research Products
(5 results)