2019 Fiscal Year Annual Research Report
近代イギリス哲学における自由思想運動と感情主義倫理学――ロックからシャフツベリへ
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18J22823
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Research Institution | International Christian University |
Principal Investigator |
菅谷 基 国際基督教大学, アーツ・サイエンス研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 第三代シャフツベリ伯爵 / センスス・コムニス / 共通感覚 / 古典受容 / マルクス・アウレリウス・アントニヌス / ユウェナリス / 共感 / 常識 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度の研究成果で最も独創的なものは、古代ローマの文学および哲学における「センスス・コムニス」(sensus communis)の語がシャフツベリ以降のブリテンへ受容される過程の再構成である。古代ローマにおいて、「センスス・コムニス」すなわち「共通の感覚」という言葉は(熟語としての身分の不明瞭さを残しながら)多義的なフレーズとして変化していった。このフレーズは、英仏の人文学者による解説やマルクス・アウレリウス・アントニヌスの「共同の心」(コノノエーモシュネー)という概念との結びつきを経て、シャフツベリやハチスンに受容された。シャフツベリは「共通の感覚」を権利や利益の平等な分配をめぐる道徳的かつ政治的な感覚とし、ハチスンはこれを他人の幸不幸に対して喜びや悲しみを覚える認知と反応を兼ねた心理学的概念に再定義した。また、ハチスンは、「共通の感覚」の理解において英語の日常語に依拠しており、これを「共感」(sympathy)を始めとして、仁愛や同情の類義語として用いられてきた「人情」(humanity)や「仲間意識」(fellow-feeling)といった表現と結びつけた。この英語表現はヒュームやスミスによる道徳哲学の語彙に吸収された一方で、「常識」(common sense)の哲学を展開した18世紀後半の論者たちからは、用語の混同を招くものとして警戒されていた。すなわち、18世紀イギリス思想史において、「共通の感覚」という言葉には、共同体の仲間の利害への関心を表現するより特殊な用法と、人類や社会に共有される自然的ないし根本的な認識を指すより一般的な用法とが存在したのであり、イギリスにおける「共通感覚論」の歴史を理解する上で、この区別はきわめて重要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、概念や用語に着目して複数の思想家を扱う概念史的なアプローチと西洋古典の受容に着目したテクスト分析を行い、重要な成果を得られた。この重要な成果とは、第三代シャフツベリ伯爵における「平等性」の観念の機能の重要性の認識である。シャフツベリの道徳感覚論は、共同体における利害のバランスと個人の内面における感情のバランスを美学的感覚によって認識するものである。今回の研究成果によると、シャフツベリの自由思想論は単に言論の自由に、学問的ないし宗教的な真理の発見、あるいは誤謬や迷信の淘汰からみた道具的な価値を認めるのみならず、語り手と聞き手、批判の担い手と受け手といった役割を互いに割り振る公平さそのものに価値を認めるものである。このことは、道徳感覚論と自由思想論を構成する共通の概念として平等性がある可能性を示唆しており、他の自由思想家やロックとの比較もなされるべき点である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究において最も重視する作業は、第3代シャフツベリ伯爵の著作を「平等」(equality)の概念に注目して分析することである。したがって、今年度の研究方法としては、文脈や影響関係の分析よりも、該当するテキストの内在的分析を重視する。 今後の研究では、前述した平等の観念が、シャフツベリの著作全体においてどのような機能を果たしているかの調査を行う。また、このような平等に訴える自由思想論がどの程度シャフツベリに固有のものなのかを明らかにするために、真理の発見と誤謬の除去の観点から自由思想を正当化したコリンズやトーランド、思考や議論の機会について断片的な記述を行っているロックの著作を比較対象として分析する。 また、上記の平等の観念の分析については、道徳感覚の形式との関係も検討する。現時点までの研究から、シャフツベリの道徳感覚学説においては、平等に関わる言葉遣い(equality, equity)が利用されることがわかっている。従来、彼の道徳感覚論の特徴としては調和や均衡の価値を知覚する審美的性格や、道徳感覚の対象や産物としての感情を重視する感情主義的性格が指摘されてきたが、本年度の研究においては、同じ種族や共同体の内部で成り立つ平等という考えが道徳感覚論の中で原理として機能しているかどうか、という点をシャフツベリの道徳感覚論を理解する新しい視点として重視する。また、その際、同じように道徳感覚の概念を利用した代表的な哲学者であるフランシス・ハチスンに着目し、平等の観念が道徳感覚論者に共有されていたのか、あるいはシャフツベリの独自性であったのか、という点についても検討を加える。
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