2018 Fiscal Year Annual Research Report
身体運動における個性の発生原因の探究-パワー発揮への姿勢の影響に着目して-
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18J22999
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Research Institution | The University of Tokyo |
Research Fellow |
大村 玲音 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 機能論的説明 / バイオメカニクス / 個人差 |
Outline of Annual Research Achievements |
スポーツバイオメカニクスにおいて、運動中に個別の筋が発揮する力など、身体を構成する要素のふるまいを説明する際に、そのふるまいがどのような生体内の因果的メカニズムから発生したかという観点から説明する因果論的説明と、それが運動全体の中でどのような役割を担っているのか、どのような目的をもったものなのか、何故そのようなふるまいが生じる必要があったのかといった、ふるまいが有する機能的意義の観点から説明する機能論的説明が混在していることが認識された。 これら二つの説明様式は厳密に区別されるべきであるにも拘わらず、スポーツバイオメカニクスにおいては、この点の認識がこれまで不十分であったと考え、二つの説明様式の性質の違いを検討した。具体的には因果論的説明の説明項となる対象は物理的実体を持ち、原理的にはそのふるまいを計測したり外的に操作したりすることが可能であるのに対して、機能論的説明の際に用いられる概念は、計測や介入実験の対象とすることはできないということや、因果論的説明が、その説明のためのモデルが正確になっていけば、ある時点のシステムの状態から次に生じる事象を一意に予測できるような性質を有するのに対して、ふるまいの機能論的意義が判明することは、生じる事象を一意に決定する力を持たないといったことが判明した。 機能論的説明を行うには、事象が生成される因果的メカニズムを特定するための方法論をそのまま採用するのではなく、機能論的説明独自の方法論が必要となるということが、本研究成果の含意である。 研究計画全体の関係としては、同一運動課題において個々人が物理的ふるまいのレベルでは多様な行動を示すという問題に対して、内部的因果過程の違いによってその違いを説明するのではなく、複数の動作間に共有される機能論的観点から統合的に複数の異なる動作を理解しようという方向性を示したことがその意義である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画ではMRIを用いて筋パラメータの計測を行い、被検者ごとの筋パラメータを推定したうえで、下肢伸展運動課題を実験として行い、被検者ごとの発揮パワーの違いと筋リソースの個人差の関係を検討する予定であった。しかし、本計画がそのまま実行された暁に行われる推論プロセスを詳細に吟味したところいくつかの問題が認識された。 具体的には、使用しようと考えていた統計的推論スキームとして回帰分析を基調としたものを想定していた。しかし、回帰分析によって得られるのは、あくまで与えられた予測用の変数集合を利用して、結果変数を精度よく予測するモデルである。スポーツバイオメカニクスは実践的応用志向の強い学問分野であることから、観測されたデータから起こる出来事を受動的に予測するのみでは不足があると判断した。また、動作の個人差を個々人の身体内部の物理的、生化学的状態の違いに還元して説明するというアプローチには、内部状態特定の包括性に限界が存在する。したがって、本研究課題の核心部となる動作の個人差を取り扱うという問題について新たなアイデアが必要になった。 この点について、研究実績の欄で述べたようにふるまいの機能論的説明を目指すというアプローチを着想し、その考えが、従来意図していた因果論的説明とはどのような違いがあるのかについて議論を整備することができた。また、実験的研究として当初意図していたアプローチには、計測しきれない動作に関係する要素を議論にどのように組み込むのかということが大きな問題となることが研究遂行過程において判明した。そこで、被検者内実験計画によって、特定部位の筋リソースのみに差があると考えられる状況を創出し、その際の動作の変化を分析することによって上の問題を回避しようと考え、現在実験系の構築を行っている。
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Strategy for Future Research Activity |
進捗状況の欄で述べたように、特定部位の筋リソースのみに通常時と違いがある実験条件を創出し、被検者の動作の変化を分析していく計画である。そのための手段として、特定の筋の筋力が低下した際に、それ以外の筋がその筋の働きの低下を補うような補償的な働きをするのではないかというバイオメカニクスにおいて以前から注目されている問題を俎上にあげる。こうした状況の分析は、従来はコンピュータシミュレーションを用いて考察されることが多かったが、そこで得られる結果の現実的信憑性は不明であった。そこで、筋表面をアイシングすることで、発揮可能な筋力が20%程度低下するという現象を活用して、一部の筋のみ一時的に筋力が低下した状態を実験モデルとして創出し、通常時と同一動作課題を遂行した際の筋活動や動作の変化を分析する。既に予備実験を行っており、筋力測定装置を用いて通常時に20%程度の筋力低下を起こすことには成功している。 ここで、筋力低下が起きた筋が課題遂行において担っていた働きを他の筋が補償するという現象が観察できるのではないかと予測しているわけであるが、その際には研究実績の欄で述べたような機能論的説明を行うことが事象の説明として適切である。これまでの研究では、こうした機能論的説明を行う上での独自の方法論的探求が必要であるという点までは示すことができたと考えているが、その具体的なあり方についてはさらなる検討が必要な状態にとどまっている。そこで、上のような補償作用が生じた際の個別の筋のふるまいの変化を機能論的に説明するということを念頭において、具体的な解釈方法論を構想することが理論面での今後の検討課題である。
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Research Products
(1 results)