2018 Fiscal Year Research-status Report
トランスナショナルなシティズンシップと人権に関する思想史的研究
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18K00105
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
中村 健吾 大阪市立大学, 大学院経済学研究科, 教授 (70254373)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 欧州シティズンシップ / 社会的排除・包摂 / 市民統合 / 欧州共通庇護制度 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、本件とは別に私が研究代表者となり3年間にわたって進めてきた科研費による研究(「EUの多次元的な福祉レジーム改革とシティズンシップの変容に関する研究」、課題番号:16H05730)の最終年度にあたるため、年に2回の研究会を通じて共有された研究分担者たちによるEU加盟各国での福祉レジーム改革に関する調査結果をも参照しながら、「社会的に排除された人びと」の実態とその支援策の展開について知見の整理を進めた。その際、EUによる移民統合政策と共通庇護制度の分析を担当した私自身は、欧州委員会が2000年代に入ってから提唱した定住移民のためのcivic citizenshipという構想の行方、ならびにEU加盟各国において施行されている移民への「市民統合(civic integration)」政策の展開に着目して、2003年に採択されたEUの「家族再結合指令」および「長期居住者指令」が、(EU加盟国の国籍を有する市民のみが享受することのできる)EUシティズンシップとは異なる広義の欧州シティズンシップの形成にとって有する意味を考察した。 上記の調査作業を整理するための理論的枠組みとして、フランスの政治哲学者であるJ.ランシエールのいう「政治」と「人権」の独特な概念、ならびにイギリスの政治学者であるE.アイシンが提唱する「遂行的シティズンシップ」の概念を援用し、得られた知見への分析を行なった。 以上の研究の成果は、私が2019年9月に公刊した論文「EUは越境する人の権利をどこまで認めているか?」において発表した。また、上記の共同研究の成果をまとめた編著を出版する計画を研究分担者とともに立案した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述のとおり、2018年度は、EU加盟国の国民のみが享受することのできる狭義のEUシティズンシップに限定されない広義の欧州シティズンシップの形成・変容の経緯を跡づけてみた。その成果は上述のとおり、2018年9月に私が公刊した論文「EUは越境する人の権利をどこまで認めているか?」において論述した。この論文では、EUシティズンシップの進化、1999年のタンペレ欧州理事会を端緒とするEUの「共通庇護・移民政策」の展開過程、その過程において生じた欧州委員会のcivic citizenship構想と加盟国政府の市民統合政策との乖離、難民受け入れにおける「安全保障化(seciritization)」への傾向、加盟国による難民受け入れの分担原則を定めたダブリン規則の機能不全などを指摘した。 この論文ではまた、人権とシティズンシップとの関連を分析するための理論的な枠組みを構築する一環として、ランシエールのいう「政治」の概念とアイシンの「遂行的シティズンシップ」論との共通性を発見し、両者の議論は、移民・難民が自分たちの置かれた境遇を公共の場に訴えようとする取り組みを評価するうえで重要な含意を有していると論じておいた。 総じて、EUとその加盟国では、移民の排斥を唱える右派勢力の台頭とイギリスのEUからの離脱にもかかわらず、「国籍差別の禁止」原則を盾にしながら、移民や難民の地位をEU加盟国の国民の地位へと接近させていく試みと運動が静かに進行していることが明らかになった。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度にはまず、上述の「EUの多次元的な福祉レジーム改革とシティズンシップの変容に関する研究」の枠内で研究分担者とともに共同研究の成果を編著にまとめる作業に取り組む。 そのうえで2019年度には、近代哲学、とくにドイツ観念論のテキストの読解に力を注ぎ、人格の相互承認による権利関係の生成という人権論の基本論理を、現代社会の多文化的状況に沿って再解釈し具体化する。 その際、J.Gフィヒテの自然法論からG.W.F.ヘーゲルの「客観的精神」の概念への展開行程において人格の相互承認の論理が演じている役割の重要性に着目しなければならない。とくにドイツ語版ヘーゲル全集における関連テキスト(『イェナ体系構想Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』、『哲学的諸学の百科全書』の各年度版、精神哲学に関する講義ノートなど)の読解に力を注ぐ。 ドイツ観念論の承認理論を多文化的状況における権利論へと応用しているのは、現代ドイツの哲学者であるJ.ハーバーマスであるが、彼の理論には学ぶべき点が多いものの、言語的コミュニケーションと合意の偏重という欠点も見られる。私は、承認および権利の生成における紛争や断絶というJ.ランシエールの議論、ならびに人間の身体性および脆弱性というM.ヌスバウムやB.S.ターナーが強調している観点を重視し、紛争・対立と人間の身体性を盛り込んだ権利論の構築へと歩を進めたい。この作業を哲学史の面から補強する試みとして、H.グロチウスとS.プーフェンドルフの自然法論の再解釈にも取り組むことになろう。
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Causes of Carryover |
当初は2018年度中に入荷される予定であった洋書の一部が、2019年度になってから入荷されることとなった。それらの洋書は、「次年度使用額」と2019年度の助成金とを用いて購入する予定である。
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Research Products
(2 results)