2019 Fiscal Year Research-status Report
トランスナショナルなシティズンシップと人権に関する思想史的研究
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18K00105
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
中村 健吾 大阪市立大学, 大学院経済学研究科, 教授 (70254373)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 欧州シティズンシップ / 社会的排除・包摂 / アクティベーション / 相互承認 / 脆弱さ |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、本件とは別に私が研究分担者として参加している科研費による共同研究(「EUとその加盟国における多様な社会的包摂政策の展開とシティズンシップに関する研 究」、課題番号:19H01592、研究代表者:福原宏幸)の初年度にもあたっており、私が福原宏幸とともに主宰する「EU福祉レジーム・市民権研究会」の例会をとおして、EU加盟各国における社会的排除とシティズンシップの毀損、そしてそれらに対抗する社会的包摂政策の展開と欧州シティズンシップの変容について、共同研究を実施してきた。この共同研究の枠内において私が2019年度に主に取り組んだのは、1)EUの『欧州2020戦略』の進捗状況、2)EU加盟国における就労アクティベーション政策の展開にともなう「就労貧困層(ワーキング・プア)」の拡大、3)EUにおける移民と難民への「市民統合」政策の展開にともなう欧州シティズンシップの変容という3つの論点に関する調査と分析である。上記2)の調査・分析の成果は、以下の10.に記す『日本労働研究雑誌』掲載の論文において発表した。また、1)と3)の調査・分析の成果は、私が共編著者となって2020年9月頃にナカニシヤ出版から刊行を予定している著書『岐路に立つ欧州福祉レジーム:EUは市民の新たな連帯を築けるか?』(仮題)の序章と第10章において提示する。 一般に人権の根拠とみなされている「人間の尊厳」の概念については、私が2019年度の後期に大阪市立大学経済学部において講じた「社会思想史特殊講義」において考察を深めた。近年の「ケアの倫理」において重視されている人間存在の「脆弱さ(vulnerability)」に着目し、「脆弱さ」を出発点にして人と市民の権利を考えたS.プーフェンドルフの思想に取り組んだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
EUの欧州委員会が唱える「積極的な社会的包摂」の1要素をなす就労アクティベーション政策は、EU加盟国において、社会的給付を得るための条件として市民たちに不安定な雇用形態の就労を義務づけ、その結果、欧州においてワーキング・プアの拡大をまねている可能性が高いことを、私は『日本労働研究雑誌』の論文において論証しておいた。社会的排除に対処するはずのアクティベーション政策の浸透は、労働市場への不完全な包摂と、義務や条件ともなう社会的シティズンシップの劣化をもたらしつつある。 また、2020年9月に刊行予定の共編著のなかで私は、EUの中期発展戦略である『欧州2020』の貧困削減目標(「少なくとも2000万人の人びとを貧困または排除のリスクから救い出す」)が達成困難になっていることを指摘するとともに、J.-C. ユンカー欧州委員会委員長のイニシアティブにより2017年に設けられた「欧州社会権の柱(EPSR)」というプロジェクトが、停滞している「社会的ヨーロッパ」の再建に貢献しうることを論じた(序章)。そして同著の第10章では、移民と難民が自らの状況や立場を主張する行為に着目し、そうしたパフォーマンスが制度的なシティズンシップへと発展していく論理を、R.バオベックの「民主主義的包摂(democratic inclusion)」の議論を批判的に再構成しつつ提示した。 シティズンシップと人権の思想史的な考察についての著作は、2019年度には発表することができなかったが、2019年度後期の「社会思想史特殊講義」においてドイツ観念論の相互承認理論、E.レヴィナスによる他者の人権論、S.プーフェンドルフの「脆弱性」論に取り組むことで、著作への手がかりをつかんだ。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度には、2019年度の「社会思想史特殊講義」の準備過程において再検討をしたドイツ観念論における人権論のテキストの精読と、それの現代的再解釈の試みに本格的に取り組む。その際、J.Gフィヒテの自然法論からG.W.F.ヘーゲルの「客観的精神」の概念への展開行程において人格の相互承認の論理が演じている役割の重要性に着目し なければならない。それゆえ、ドイツ語版ヘーゲル全集における精神哲学に 関する講義ノートの読解をとくに重視する。 ドイツ観念論の人権論を現代的に再解釈するうえで、これを「他者」論へ、および人間の身体の「脆弱性」の認識へと接続する作業は欠かせない。E.レヴィナスとJ.デリダの「他者論」、H.グロチウスの「社交性」論とS.プーフェンドルフの「脆弱性」論を、ドイツ観念論による人格の相互承認の理論へと結合する可能性を探る。その途上において導きの糸となるのは、「人間の尊厳」は人間存在の何らかの所与の属性(たとえば理性)や功績に根拠を有するのではなく、人間の身体的存在の脆弱性ゆえに私たちが互いに認め合わざるをえない抗事実的な理念であるという認識である。「異邦人」(レヴィナス)や「まったき他者」(デリダ)の傷つきやすさは、実は私たち自身の傷つきやすさでもあることを、ヘーゲルが「精神の現象学」において語ったような紛争と痛みをともなう他者との交わりのなかで承認することが、尊厳と権利を起ち上げることにつながるはずである。この細く長い糸を近現代の哲学史のなかに見いだし、再構成していく。
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Causes of Carryover |
B-Aの金額が2円では使い道がないため、これを次年度に使用したい。
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Research Products
(2 results)