2020 Fiscal Year Research-status Report
トランスナショナルなシティズンシップと人権に関する思想史的研究
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18K00105
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
中村 健吾 大阪市立大学, 大学院経済学研究科, 教授 (70254373)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 欧州社会権の柱(EPSR) / 欧州シティズンシップ / 社会的排除・包摂 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、本件とは別に私が研究分担者として参加している科研費による共同研究(「EUとその加盟国における多様な社会的包摂政策の展開とシティズンシップに関する研究」、課題番号:19H01592、研究代表者:福原宏幸)の2年目でもあり、私が福原宏幸とともに主宰している「EU福祉レジーム・市民権研究会」の例会をとおして、EU加盟各国における社会的排除とシティズンシップの毀損、そしてそれらに対抗する社会的包摂政策の展開と欧州シティズンシップの変容について、引き続き共同研究を行なった。この共同研究の枠内において私が主に取り組んだのは、1)2017年に公布されたEUの「欧州社会権の柱(EPSR)」の有する意義、2)欧州シティズンシップの変容を捉えるための理論図式としての「民主主義的包摂」(R.バオベック)の理論の検討、ならびに3)コロナ危機下におけるEUレベルでの公衆衛生政策の展開の分析である。これらの検討・分析の成果は、福原宏幸・中村健吾・柳原剛司(編)『岐路に立つ欧州福祉レジーム』(ナカニシヤ出版、2020年)に収められている「まえがき」、序章、第10章のなかで提示されている。すなわち、上記の1)は序章、2)は第10章、3)は「まえがき」において提示されている。 人権論については、ヘーゲルの『法の哲学要綱』の第1部である「抽象的な権利」を再読し、そこにおける「人格」の概念の両義性について考察を施した。すなわち、ヘーゲルにとって、私法上の諸権利の担い手となる人格は、一方では相互承認しあう自由な権利主体として、近代世界において欠かせない存在である。しかしながらそれは他方では、公民(citoyen)にはなりえないエゴイスティックで私的な市民(bourgeois)でしかない。現代におけるリベラリズムとコミュニタリアニズムとの対立を想起させるへーゲルのこうした両義的な人格論は、実はシティズンシップにおける権利と義務との相関にも波及しうる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
トランスナショナルなシティズンシップに関する研究は、欧州のそれを例にとりながら、まとまった研究成果の公刊にまでいたった。しかし、人権と人間の尊厳に関する思想史としての研究、ならびに人権とシティズンシップとの相互接続に関する考察は、新型コロナウィルス感染対策としての新たな遠隔授業の実施等、大学の教育・研究環境が大きく変化するなかにあって、落ち着いて取り組むことができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度に私は大阪市立大学経済学部において社会思想史特殊講義を担当し、このなかで人権の思想史を講ずることになっている。そのため、講義の準備の過程において、ドイツ語版ヘーゲル全集における「精神哲学」の講義ノートの読解を進める。 また、J.デリダやE.レヴィナスの他者論と、S.プーフェンドルフならびに現代フェミニズムの脆弱性論を、ドイツ観念論の相互承認の理論と接続する試みを続ける。
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Causes of Carryover |
2020年度には、新型コロナウィルスの感染を防止するため、大学の授業のほとんどがオンラインによるものへと変更され、その準備に多大な時間を費やした。それゆえ、人権と尊厳に関する思想史的な研究を落ち着いて実行する時間をとれなかった。 2021年度には、人権と尊厳に関する思想史的研究を実施するため、これに関連するドイツ観念論と現代哲学の文献を助成金によって購入する予定である。
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Research Products
(1 results)