2018 Fiscal Year Research-status Report
16-18世紀インドにおける存在一性論の継承についての実証的研究
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18K00114
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Research Institution | Osaka University of Economics and Law |
Principal Investigator |
石田 友梨 大阪経済法科大学, 公私立大学の部局等, 准教授 (60734316)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 存在一性論 / アフマド・スィルヒンディー / シャー・ワリーウッラ―・ディフラウィー / イブン・アラビー / アブドゥッラフマーン・ジャーミー / インド / KH Coder / Stanford Parser |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、16-18世紀インドにおける存在一性論の継承を実証的に明らかにすることにある。存在一性論は、イスラーム圏において広く受け入れられてきた思想であるが、インドにおいてアフマド・スィルヒンディー(1624年没)が、存在一性論は不完全であると批判する目撃一性論を唱えると、論争が引き起こされた。その後、スィルヒンディーと同郷のシャー・ワリーウッラ―・ディフラウィー(1762年没)は、存在一性論と目撃一性論を調和したとされている。存在一性論を唱えたイブン・アラビー(1240年没)の著作がどのようにインドへ伝わり、スィルヒンディーの目撃一性論と、ディフラウィーの調和に至ったかを詳らかにする必要がある。 ディフラウィーの自伝によれば、彼が十代で学んだ書物にイブン・アラビー本人の著作はない。しかし、イブン・アラビーがその主著Fusus al-Hikamを、自身の手によって要約したNaqsh al-Fususに対する、アブドゥッラフマーン・ジャーミー(1492年没)の注釈書Naqd al-Nususは学んでいたことが分かっている。本年度は、ディフラウィーの伝記の記述を手がかりに、Naqsh al-FususとNaqd al-Nususの分析を試みた。 具体的には、KH Coderを用いたテキストマイニングを行ない、Naqsh al-FususとNaqd al-Nususで使用される語彙の違いを比較した。これにより、イブン・アラビー本人の思想と、注釈者ジャーミーによって解釈されたイブン・アラビーの思想の特徴的語彙を計量的に示すことができた。しかし、KH Coderで分析可能な言語の制約により、アラビア語原典ではなく、英語訳を用いなければならない。アラビア語原典そのものをテキストマイニングするために、Stanford Parserを用いた分析方法を習得した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文献資料から裏づけられる師弟関係の系譜を確定するため、原典読解に加えてテキストマイニングを行なうことが本研究の研究手法である。アラビア語のテキストマイニングを試みるにあたり、当初さまざまな技術的制約に基づく問題点があった。 第一に、アラビア語をデジタル化する必要がある。アラビア語原典をデジタル化するOCR(光学式文字読取装置)ソフトで、本研究に耐えうる精度のものがないことから、基本的にはアラビア語原典を手作業でパソコンに打ち込むことになる。しかし、書籍のデジタル化の進展につれて、著名な書物であればデジタル化資料の入手が容易となってきた。また、研究予算に余裕があれば、OCRソフトを購入し、不正確な読み取り箇所だけ手作業で修正すれば時間短縮につながる。現段階においては、既にデジタル化された文献に対象を絞って分析することで、第一の問題が顕在化していない。 第二は、アラビア語のテキストマイニングをいかに可能とするかという問題であった。アラビア語を英訳したものを対象にテキストマイニングを行うなどの代替手段をとっていたが、アラビア語の自然言語処理が可能なStanford Parserによって、原典テキストをデジタル化すれば、各種解析を行なえるようになった。Stanford Parserを新たに導入するにあたって、言語学などの新しい専門分野や分析手法を習得する必要があったため、今年度は研究成果を出すには至らなかった。しかし、アラビア語のままテキストマイニングが可能になったということは、今後の研究を推進する手段を得たということである。以上から、研究成果の発表という点では予定よりも遅れがあるが、その遅れを補う研究手法の習得に本年度は取り組むことができたと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、今年度の研究成果を2本の研究ノートにまとめることを予定している。1本目は、Stanford Parserによるアラビア語分析を行うための日本語マニュアルである。アラビア語のテキストマイニングは、思想や文学の研究にとどまらず、政治学や社会学にも広く応用可能な技術である。本国のアラブ研究者が、情報学を専門とせずとも容易に試行できるよう、平易で簡潔なマニュアルの作成を目指す。これにより、アラビア語によるテキストマイニング研究の発展への一助としたい。 2本目は、KH Coderを用いたイブン・アラビーのNaqsh al-FususとジャーミーのNaqd al-Nususの英訳の分析結果をまとめたものである。存在一性論は、イブン・アラビー本人の著作よりも注釈書を通じて広がった。そのため、存在一性論に特有とされる言葉の幾つかは、イブン・アラビー本人が用いなかった言葉とされている。アラビア語原典を用いたテキストマイニング分析ではないが、イブン・アラビー本人と注釈者のテキストを比較することにより、先行研究を計量的にも裏付けることができる。英訳の分析により大きな研究成果が見込めるようであれば、アラビア語原典による分析も行うこととする。 また、ペルシア詩研究においては、存在一性論の思想が取り入れられたことを示す特徴的な言葉の存在が指摘されている。16-18世紀インドを研究対象とする当初の研究計画から外れるが、存在一性論の継承について計量的に裏付けていくという点では、目的を同じくする。研究手法の有効性や問題点を明確にするためにも、存在一性論がペルシア詩に取り入れられた前後の時代の英訳のある代表的なペルシア詩を対象とし、存在一性論的語彙の計量的分析を試みたい。あわせて、ペルシア語のテキストマイニングが可能なソフトについての調査も継続して行う。
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Causes of Carryover |
今年度の研究費支出が予定よりも少なくなった原因は2つある。1つめは、購入を希望していたソフトが予定よりも高額となり、今年度予算のみでは賄うことができず、来年度の予算と合わせて購入を検討する必要があったためである。研究の進展に伴い、アラビア語原典をデジタル化するために必要なOCRソフトの購入を検討していたが、満足な水準に達するものがなかったことに加え、数十万と予定よりも高額であった。今年度はさまざまな無料ソフトを試行することで研究成果が見込めるか判断し、来年度以降にOCRソフトの購入を判断することとした。 2つめの原因は、海外調査を予定していた夏季休暇中に国際会議に招待され、海外渡航費として予定していた金額の支出がなくなったためである。今年度はインドでの文献調査を予定していたが、調査に必要な日程を他に確保することが難しく、文献調査は来年度以降に実施することにした。しかし、今年度は英語やアラビア語でのテキストマイニングの試行に研究の焦点を絞ることにより、文献調査を行わなかったことによる研究の遅れはなかった。また、各国でのデジタル・アーカイブが進んでいる現状もあり、特にデジタル化資料を必要とする本研究においては、既にデジタル化している資料を研究対象とした方が、デジタル化する労力が省けるという利点もある。今後も適切で柔軟な研究費執行を心掛けたい。
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