2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
18K00133
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Research Institution | Kyoto City University of Arts |
Principal Investigator |
丹羽 幸江 京都市立芸術大学, 日本伝統音楽研究センター, 客員研究員 (60466969)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 中世芸能 / 能楽 / 世阿弥自筆譜 / 楽譜の解読 / 旋律法 / 早歌 / 七五調の旋律 |
Outline of Annual Research Achievements |
14世紀後半における能楽の登場により、それまでの「語り物音楽」は劇場で演じられる芸能へと変化した。語りの場が劇場へと一気に広がり、狭いコミュニティ内での演奏から広い観客層へと向けた芸へと昇華されたのである。表現形態の変化を具体的に支えたのが、物語の伝達を直接的にになう媒体、音楽であったろう。創生期の能の音楽は、歌詞をより的確に多数の観客に伝える手法を確立し、新しい語りの空間を開いたというのが本研究の仮説である。能楽を大成した世阿弥の自筆譜やその周辺人物の楽譜をもとに、早歌を中心とした先行芸能との比較から、それまでの語り物音楽ではなかった日本語の語句の発音や文章の自然な抑揚に即した旋律法が確立する過程を明らかにすることを目指す。 令和2年度には、能の旋律法の由来を探るものとして世阿弥自筆譜を分析し、室町末期以降の謡の記譜法とは異なる音楽記号が多くあり、その一部は早歌の記譜法を起源とすることを明らかにし、早歌の旋律記号への影響を指摘した。また世阿弥自筆譜は、中世芸能を特徴付ける旋律の枠組みである完全4度の音程(レからラなど)を含む旋律を示す記譜が独自であり、これが現在の七五調の歌詞の半句ごとに音域を完全4度上げ下げする旋律法に繋がると考えた。研究発表および論文の執筆・投稿を行った。 コロナ禍のさなかにあり、とくに早歌の楽譜資料の入手に難航し、研究を進めることが困難になったため、当初の研究の方向性を謡だけでなく、より広く日本音楽の旋律法全般に広げ、地唄・箏曲、長唄、声明などと謡の旋律法の比較を試みた。この成果は書籍として一般向けの解説書として出版した。またアウトリーチとして、謡の旋律法の成果を能の復曲活動での古楽譜の解読の際に役立て、上演とともに謡本の出版に参加した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
本研究では、能の先行芸能である早歌の旋律法から、どのように謡が独自の旋律法を確立しえたのかを明らかにしたいと考える。このため研究は、1、謡の旋律法を世阿弥自筆譜や現行の謡から明らかにすることと、2、現在廃絶している早歌の旋律法を楽譜から明らかにすること、この2点からアプローチする必要がある。 まず1、謡の旋律法については、世阿弥自筆譜の記譜法に着手し、謡がどのような音楽構造をもつのかという意識を反映したものとして部分的に解読することができた。また歌詞と旋律の関係について、能の謡だけでなく、日本音楽の他の種目にも広く比較対象をもとめ、中世芸能としての謡の旋律法を明らかにすることができたため、当初の予定よりも大きく研究を進展させることができた。 いっぽう2、早歌の旋律法の解明については、コロナ禍のため早歌の楽譜を所蔵する図書館での閲覧が休止されるなど、資料を集めるのに著しい困難があり、予定通りに研究が進められなかった。影印本やウェブで公開された基礎的な資料を用いてかろうじて研究を行ったものの、必要とする資料を閲覧・入手することができず、研究に大幅に遅れがでた。このため研究期間の一年延長を申請したものの、図書館などでの早歌譜の閲覧の状況は令和3年度も引き続き現状のままであることが予想されるため、当初とは異なるアプローチ方法を考える必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
令和3年度にはこれまでの研究をまとめ、世阿弥の時代の旋律法に関して、先行芸能早歌の影響という観点からの知見を示したい。 このため、まず世阿弥自筆譜の旋律法については、前年度までは比較的後期に記された楽譜を中心に扱っていたものを、9曲の自筆譜全体へと対象を広げていく。 つぎに早歌の旋律法については、コロナ感染症の流行する現時点での研究状況で入手可能な早歌譜をもとに旋律法の研究を行うために、早歌譜へのアプローチ方法を大幅に変更しなくてはならない。令和2年度にさまざまな模索を行うなかで、世阿弥自筆譜に「早歌節(サウカフシ)」との注記を持つ《江口》のもととなった早歌の曲が残されていることがわかった。このため《江口》を題材に、早歌の元曲との旋律の比較を行う準備を進めている。現在の見通しでは、早歌の旋律の特徴を早歌譜と世阿弥自筆譜の二面から検討することで、世阿弥がどう早歌の旋律を摂取したかが明確になると予測する。また同時に、現在では《江口》の同部分は早歌の痕跡すらないほど謡と同化してしまっているが、世阿弥以降の室町末期の謡本を検討することで、標準的な謡の旋律へと変化していく過程が明らかになると推測する。これは世阿弥時代の謡の旋律法と現代の旋律法の比較材料になるだろう。 以上の過程により、早歌の旋律法と世阿弥の旋律法の比較を行うことで研究を完成させる予定である。
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Causes of Carryover |
令和2年度に研究発表を予定していた国際学会がコロナ禍で中止になったため、参加費・渡航費用などを使用しなかった。また楽譜を所蔵する図書館へ複写を依頼するつもりであったが、コロナ禍で閲覧が停止され、複写費を使用しなかった。 国際学会が開催されるようになり次第、研究発表を予定することで助成金を使用させていただくとともに、引き続き中止であった場合に備えて別の学会での代替の発表を検討している。また資料の複写については、予定していた資料の複写はいったん断念し、代替となる楽譜をべつの所蔵機関に依頼する予定である。
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Research Products
(4 results)