2019 Fiscal Year Research-status Report
民間の視座を導入した中国通俗文学の「自国化」の研究―受容文化の多角的戦略―
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18K00310
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
勝山 稔 東北大学, 国際文化研究科, 教授 (80302199)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
井上 浩一 東北大学, 高度教養教育・学生支援機構, 非常勤講師 (40587169)
朱 琳 中部大学, 中部高等学術研究所, 研究嘱託・研究員 (50815925)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 竹内好 / 武田泰淳 / 宇佐美延枝 / 『西遊記』 / 伊藤貴麿 / 抱甕文庫 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は①宇佐美延枝の翻訳『花精』、②伊藤貴麿による翻訳『今古奇観』について検討を試みた。 ①の内容を要約すると、次の通りである。宇佐美の翻訳の姿勢については概ね原文に即して翻訳を試みており、原文に対する忠実度も一九二五年発表の鈴木真海訳とほぼ同一で、翻訳水準も低くはない。しかし原文にない訳者独自の加筆が散見される。しかし、出版当時白話語彙に関する工具書も十分になく、且つ中国人の助力もない状況で、比較的高い水準で翻訳を刊行したこと、そして訓読翻訳の域を脱し口語訳へと向かう過渡期的な存在として、「三言」所収篇の受容史の上では画期的な存在であると言える。 また②では、伊藤貴麿訳による『支那文學大觀』所載「恨は長し」等について翻訳状況を原文と対照しつつ検証を試みた。その結果、伊藤訳は概ね原文に忠実であり、文脈を考慮しつつ文意に齟齬のないよう配慮しながら翻訳していることが確認出来た。そして長篇白話小説の翻訳である伊藤訳『(新譯)西遊記』については、伊藤訳と同時期の翻訳である佐藤春夫訳と比較を行ったが、その結果、佐藤訳に比べて伊藤訳は原文内容の簡略化の傾向がみられた。しかし、佐藤訳で語義を誤ったと思われるいずれの箇所でも、伊藤訳では語義を正確に把握しており、佐藤訳に比べても伊藤訳の正確さは高い水準にあった。 なお、民間の『西遊記』翻訳者として著名な伊藤貴麿の著作目録を作成した(「伊藤貴麿の「中国もの」児童向け読み物とその題材-附 伊藤貴麿著作目録」『中国児童文学』26号)。また、民間翻訳を含む児童書西遊記のデータベースサイト「日本の児童書西遊記」(https://guanhua.jp/jpxyj/html/)を公開したほか、終戦前後の日本における中国文学の受容については、文学と思想史の視点から竹内好の『魯迅』と武田泰淳の『司馬遷』を中心に検討し、その成果を学術雑誌に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
現在までの進捗状況は、順調に進展していると判断できる。当面する宇佐見延枝訳の問題については、今まで謎に包まれていた翻訳の経緯が始めて明らかになり、民間翻訳の受容史の一端を明らかにした。特に宇佐美延枝の翻訳「花精(一~四)」(読売新聞)及び「不幸の幸(小説)」(大日本婦人教育会雑誌) が相次いで発見され、宇佐見訳の受容史上の位置づけが明らかになってきた。また宇佐美延枝がなぜ白話小説の翻訳を実施できるだけの学識を得ていたのかについては、宇佐美延枝の夫が、明治期の外交官僚で支那通である金子弥兵衛(金子彌平)であることが資料により確認された。なお、次回は今年度発見された宇佐見延枝による新たな資料と金子彌平について詳述する予定である。 他方、長篇白話小説の分野では、『西遊記』の民間翻訳における発展史を俯瞰的に把握するために、中国語の『西遊記』を翻訳した伊藤貴麿と、江戸時代の翻訳に拠って『西遊記』を書いた宇野浩二との中間に位置する作家として、佐藤春夫や中島孤島などの『西遊記』を調査し、伊藤訳と比較している。このうち佐藤と伊藤とを比較した結果については共著論文に織り込んだ。一方、終戦前後の日本における中国文学の受容については、 終戦前後の時期に注目していたが、戦時中の日本における中国通俗文学の受容について、雑誌『中国文学月報』(『中国文学』)の紙面に掲載されたものを検討する。従来、本雑誌は主に同時代の中国文学を紹介する場として位置付けられてきたが、実は『紅楼夢』、『老残遊記』をはじめ、多くの通俗文学も紹介されていた。現在のところ、通俗文学に関する文章を通読し、一覧表を作成した。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究成果として指を折ることができるのが、発見された宇佐見延枝に関する資料である。昨年度「花精(一~四)」「不幸の幸(小説)」の翻訳が見つかったが、その後宇佐見延枝の葬儀に関する新聞記事(『國柱新聞』一九一五年一一月二一日)を発見し、その記事から宇佐見延枝の夫が金子彌平であることが判明した。彼は、慶應義塾支那語科の教員に就任するなど、支那語教育における先駆的役割を果たした。一方の宇佐見は東京女子高等師範学校を卒業しているものの、白話語彙や中国語の学習歴は確認出来ない。そのため『今古奇観』の翻訳の試作は、おそらくは金子彌平による語学的知識が宇佐見にも共有されたものである可能性が強い。そのため宇佐見による受容事例は、宮原民平や松井等などの中国訪問者による翻訳事例に近似していることが明らかになってきた。 また『西遊記』については、中島孤島を初めとした、原本に拠ったのか否かの判別が難しい民間翻訳者による『西遊記』について、原本や江戸時代の翻訳と内容を比較しながら調査を行い、各書の翻訳書への依存を示す箇所を洗い出し、依存度を明らかにする。今年度中には、主に下記の二点の問題を設定し、論文にする予定である。①漢学批判から出発した中国文学研究会は、どのような通俗小説に注目し、なぜ通俗小説の研究に力を入れたのか。②日本の中国通俗文学の受容史において、中国文学研究会の活動がどのような位置づけとなるのか。である。 中国文学の文化的受容――「自国化」に焦点をしぼった研究は未だ見られない。そこで本研究では更に「自国化」の視点という切り口を導入し、中国通俗文芸の受容から多種多様な自国化という現象までを網羅した体系的研究を到達目標として取り組み、膠着化した漢文学界に一石を投じることとしたい。
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Causes of Carryover |
研究の上で購入を予定していた書籍の多くが古書であり、予想よりも安価に調達を行うことができた。そのため、円を次年度使用額が生じることとなった。なお次年度繰越の使用額は今年度に引き続き民間翻訳関係の古書の収集に補填したい。
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