2018 Fiscal Year Research-status Report
十九世紀末の西洋廉価版小説が明治・大正の文学作品に与えた影響
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18K00329
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
堀 啓子 東海大学, 文化社会学部, 教授 (60408052)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 尾崎紅葉 / 黒岩涙香 / cheap editions |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の初年度にあたり、実施者はまず、西洋で廉価版として出版された一連の小説が、どのように日本にもたらされたか、そしてその訳がどのように受容されたかという経緯を細かく整理した。例えば、アレクサンドル・デュマの『モンテクリスト伯』を手掛けた黒岩涙香の訳は、同時代にはその読みやすさと、日本の文化への馴染みやすさから、喝采を博した。しかし約二十年後に、三上於菟吉と谷崎精二によって、涙香が読みやすさを追求する代わりに原文への忠実性を失っているきらいがある点が指摘され、それがゆえに名作であったはずの原作が『巌窟王』という、復讐を主眼とした大衆的通俗的なものとして、日本人読者に認識されてしまったという反面がクローズアップされる。そのため、三上と谷崎は彼ら自身が新たな翻訳を手掛けていく。しかし、彼らの役は確かに原文の一言隻句を遺漏することのないように留意された逐語訳であったが、その分、難解な文章となったという反面を有する。 やはり、明治時代の半ば時点で涙香が行った翻訳は、少なくとも人々に、泰西の名作を〈紹介〉するという意味では有効な手段となったのであり、そうした〈紹介〉が日本人の意識を、西洋の文学に幅寄せしていったと認識できる以上、涙香の訳の意義は広い範囲で再認識していくべきである。 そのほか、尾崎紅葉や夏目漱石の作品についても、原作もしくは影響関係の認められる作品との比較を行い、その詳細を検証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
概要でも示したように、まず明治期の作家および、作品を中心に研究を進めた。ただ、そうした翻訳や翻案の作品が発表されていったなかでは、その多くが翻訳・翻案であることを読者に明示していたか否かの、次の段階の問題として、明示されていた場合にはそうした作品が、十年後、二十年後にはまた別の受け止められ方をしていたという背景が、研究を進める段階で浮上した。そしてそれらは初期の想定よりは、短いスパンで変移することもあることが判明した。 そのため、文壇における潮流の変わり目や、過渡期の背景を特に丁寧に分析しなおし、初期の想定より短い期間に区切ってそれぞれの作品への評を整理し直し、評価が変わるところはそのそれぞれを年代に沿って並べなおすかたちで同時代認識を再整理した。 これらの分析をふまえ、各作品が翻訳・翻案されたことによる影響、そしてそれらの受容および受容によってその後の文人たちがみずからの翻訳・翻案への向き合い方をどのように変えていったのかを整理することにつながり、問題が明確になった。
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Strategy for Future Research Activity |
翻訳・翻案といったそれぞれの作品を手がけた文士の背景、すなわちその時点での関わりの深かった雑誌の編集者や交流を密にしていた文士仲間との関係性から浮かび上がる、推奨された可能性のある洋書の傾向を調査する。それによって、翻訳・翻案であることが明示されてこなかったものののうち、より多くの作品の原作もしくは影響を与えた原作小説を特定したい。時期的には、明治時代から大正時代まで対象範囲を広げることで、たとえばアイルランド文学に傾倒していた菊池寛作品なども具に研究対象とすることを予定している。 そして最終的に、上記の研究段階から絞り込んだ、対象となる明治・大正の日本の作品と、関連を彷彿させる原著とを比較し、異動を顕現させることで、文士たちが得た技術と自らその上に発展させ、確立した技法を明らかにしたい。 彼らが自らの新しい技法を以て、日本の文壇に再発信した作品は、その後の文士たちにも新しい創作手法を提示していった。上記の過程を以て、十九世紀末の無名の廉価版小説が、明治・大正の日本の文学に与えた影響と意味を再考する
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Causes of Carryover |
研究に必要な図書の出版が次年度になったことと、予定されていた学会での発表が次年度に変更になったことにより、必要な機材も次年度に購入すべく予定が変わりました。
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Research Products
(1 results)