2020 Fiscal Year Research-status Report
1950-70年代における文化資源としての「文学」に関する研究
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18K00330
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
山岸 郁子 日本大学, 経済学部, 教授 (90256785)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
十重田 裕一 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (40237053)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / 文学館 / 文化資源 / 作家 / 文豪 |
Outline of Annual Research Achievements |
指定管理者制度以後の文学館の財政についての学芸員等の雇用形態を含めて財政的な問題について聞き取り調査を行い整理をした。文学館は管理・運営野方法はさまざまであるが、指定管理者制度、公益法人制度改革以降に経済的な成果を期待され、予算の縮小を強いられているところが多い。さらに施設を所有する自治体と、サービスを提供する指定管理者との間での齟齬が生じる場合もある。また指定期間には期限があり、改めて次の管理者の選定を行うため、提供するサービスの継続性や連続性を保ちにくいという問題もある。文学館では特に資料購入費が削減され、人件費の削減によって学芸員(研究)業務と事務管理業務の兼任による負担の増加が強いられていることが明らかになった。しかし少数ではあるが指定管理者によって雇用された学芸員が従来の文学館展示に縛らない企画を立て認知度を高めているという文学館もあった。 さらに「文豪」を前面に出した民間企業コンテンツとのコラボレーションにより文学館の来場者を増加させているところが多いことが明らかになった『文豪とアルケミスト』がその代表であるがを、ゲームのキャラクター設定を守りつつ、ストーリー(エピソード)・声優・どの総合力によって新しい世界観とメッセージを提示し、作家への興味をおぼえさせ、文学館への来場者となっていることがわかった。文学や文学者が二次創作的なもの、ファン文化との親和性が高いのは周知のことではあるが、この豊穣な文豪まわりの世界には語り手論以降の「作家論」を作家個人として捉え直す契機になりうるほどの成熟が感じられた。 キャラクターから眼差す文学世界は、理論的に〈作者の死〉を通過せずとも、自由に通時的な多様性や共時的な偏差を受容し、確立している制度や枠組みに囚われることから解放されている。今後文学館の側も新しい視点を身につけ、従来の方法とは異なったキュレーションが期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文学館の多くは新型コロナウィルス感染拡大防止のため国内の調査が制限された。ただそのような状況においても各文学館は館の収蔵資料の情報等をSNSを通じて発信したり、時宜にあった企画に変更したりして対応していた。菊池寛記念館では「マスク」(『改造』一九二〇年七月)というスペイン風邪の予防につとめる菊池寛の作品を前面に出した「菊池寛とマスク」という展示を急遽企画し、「おうちで学ぶ菊池寛」として「マスク」全文をHP上で公開した。泉鏡花記念館では極度の潔癖症であった鏡花を想起させるオリジナルマスクを販売した。収入チャネルとして文脈のあるオリジナルグッズの製作に定評のある記念館であったからこその瞬発力が発揮された。また徳田秋聲記念館の藪田由梨学芸員はブログ「寸々語」において実証的史実や資料に基づきながら魅力的な情報を発信していていることなど、当初の研究計画からの変更はあったが、このような状況下だからこその対応についての調査を行うことができた。 コロナ感染防止対策が必要とされる中、アナログとデジタルとの行き来のできる「個」の力が文学館という文学「資源」を護っていくための重要な鍵となっていることが明らかとなった。 調査予定であった文学館へ予めオンラインで聞き取り調査を行い、その後緊急事態宣言解除後に実際に現地踏査を行えたところもある(「さいたま文学館」など)。事前の予約申し込み制や人数制限や検温を行った上での来場には新システムの導入などの特別予算を執行しているところも多いことがわかった。全国の文学館・博物館などで統一システムを導入し、データ管理ができることが望まれる。 当初の計画していた遠距離への調査は現在のところ困難ではあるが、このような状況下における文学館の危機管理の工夫を含め地域における役割や位置づけを確認し、最終年のデータベースの構築と総括へ反映させたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
COVID-19(新型コロナウィルス感染症)はデジタルアーカイブの重要性を再認識する契機になった。恒常的にアーカイブスを構築するべきなのか、ではその原資をどのように捻出するのか、多くの文学館の現状からこのような問いをそれぞれの館で立てることはあまり現実的ではない。たとえば山口県立山口図書館では「国立国会デジタルコレクション」と「青空文庫」のデータを結びつけ、県ゆかりの文学者の資料をまとめている。多様なプラットフォームを横断できる仕組みを作り、研究者や市民と協働で情報を蓄積できる場所として文学館が存在するとよいのではないだろうか。関係性が読み取れる資料と実作を編集した『「文豪とアルケミスト」文学全集』が二〇一七年に新潮社から刊行されているが、そこでは登場する「文豪」の短編作品、原稿、書簡、鼎談、追悼文にイラストが散りばめられている。そしてこの本の装丁は「文学全集」の体裁をとっている。全集が「文豪」イメージを象徴するものとしてデザイン化されている。新潮社をして「全集」はただのデザインになってしまったといってもよい。これを「文豪」イメージを消費する一過性の現象としてネガティブに捉えることは容易であろう。この現象をどのように捉えるか、キャラクター化された「文豪」の情報集めのために作品を読み始め、文学館へ足を運ぶユーザーの姿から文学の何らかの可能性を見出すことができるのか、検討の余地はあると考える。 「文豪ブーム」を一過性のものとしてとらえるのではなく、文学資源活用のための導入装置としてとらえることで文学へ関心を持ち、文学館へ足を運ぶ読者を獲得することが可能であろう。今年度はそのような新読者が魅力的と感じ、活用しやすい横断的な文学館データベースを構築する予定である。
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Causes of Carryover |
コロナ感染予防のため移動が制限され、国内出張調査が行えなかったため旅費に重きを置いていた予算が執行できなかった。 申請者はすでに地方都市(富山・長野・山梨・金沢)の文学館収蔵資料について現地調査を行いデータ入力を進めているが、できれば今年中に九州・四国への調査を実施したい(旅費)と考えている。指定管理者制度の導入は各地域によってかなりの差異があるため、公開されている資料だけでは理解することのできない現地での検証と研究員・学芸員などへの聞き取り調査が必要だからである。 今年度は研究代表者と研究分担者で連携し成果情報を共有し、それぞれ専門知識の提供を受けながら(謝金)、多角的な視点での検証を行いたい。研究活動を通して得られた新情報については文学館等関係機関に迅速に通知し共有する。また本研究で蓄積したデータべースのフィードバック方法については調査対象の文学館とも相談し無償で提供する。将来的には「文化資源アーカイブス・リサーチ・ネットワーク」構築の出発点となり、その共通データベースを若手研究者や院生が活用することにより、実際に文化資産に向き合う契機となり、研究者と各機関とのネットワークを構築することにもなることが期待される。連携する研究者にも協力をあおぎ(人件費)、使い勝手の良いデータベースを構築し、利用モデルを提案することを目的とする。
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