2019 Fiscal Year Research-status Report
装飾農園の変容にみるイギリス農業コミュニティの発展と継承
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18K00372
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Research Institution | Wakayama University |
Principal Investigator |
今村 隆男 和歌山大学, 教育学部, 教授 (90193680)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | イギリス / 庭園 / 近代農業 / ユートピア |
Outline of Annual Research Achievements |
令和元年は、18世紀末から19世紀における「装飾農園」の継承について研究を進めた。まず取り掛かったのは農業史で、これは昨年、十分に研究が進まなかった分野である。主な研究対象は農業委員会の活動で、1793年に発足したこの団体は1822年まで存続し、国内各地の農地の観察報告書の他、農業振興策に関する寄稿文を集めた『農業委員会通信』を出している。1797年の第1巻で取り上げられているのは農業関連建築と道路、および外国の農業事情で、フランス革命が起こって農業国のフランスとの交易が滞り始めたこの時期に、その他の諸外国からの農法を学ぶことで窮地を切りぬけようとしたことがわかる。しかし、19世紀にはいってその内容は灌漑、農産物価格、家畜、農具などといった具体的な項目に変わっているが、これは国内の農業の近代化が喫緊の課題であったからだと推測できる。それと共に農業収益にはこだわらない装飾農園は関心が薄まり、本格的な農業設備の提案が多くなり、そこから装飾性は排除されていったと考えた。 農業史に続いて研究を進めたのは、装飾農園の理想郷的側面がどのように継承されたかである。装飾農園の衰退に合わせるのように、各地にユートピア的共同体が作られ始めた。トマス・モア『ユートピア』の理念を受けて、産業革命期に実践を伴う理想郷の希求の動きが始まったからだと考えられる。課題の一つは土地所有問題で、これは農業革命の囲い込みとの関連があり、それに対抗して割り当て地運動やトマス・スペンス『スペンソニア』などが、各地の理想郷作りに影響を与えてゆく。農業ユートピアの要点は、実践農業を基盤として自給自足コミュニティが目指されたこと、および、その構想に関してアンウィンとモリスが関わっていることが示すように、美的側面も考慮されたことである。これらは共に、装飾農園の系譜を引き継いでいることを示していると考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度は、『農業委員会通信』を始めとする農業史を、18世紀から19世紀始めに至る時代まで調べることができた。その中には、「模範農園(モデル・ファーム)」などの農園形態も含まれる。一方、ユートピア史についても少し研究を進めることができた。19世紀の理想郷は農業ではなくニュー・ラナークなど主に工業都市に関わるものが多かったが、成功はしなかったケースであるが同じロバート・オーウェンの「結束と協働の村」の計画や、ラスキンの聖ジョージ農園など、農業を軸とした理想的計画コミュニティも存在し、それらについても研究を進めることができた。本来、庭園は造園家や所有者にとっての理想郷であると言え、そこからユートピア的な空間が巣立って行ったことは十分に考えられる。また、それが非現実的な夢物語の中の場所ではなく、実際的な生活空間としても計画されるようになっていったことも当然であるだろう。上記の2箇所とは別に、計画だけではなく実現したケースも徐々に登場していった。しかし、この点についての調査は未だ十分ではなく、実践的な19世紀の実際の庭園と農業の関係が19世紀にどのように変わっていったのかについての詳細は、これからの課題として残った。 もとよりこの分野の調査研究は2年計画ではあるが、まだそれぞれ個別の研究対象の調査を進めている段階で、ユートピア論や模範農園と庭園との関係など未解明の問題点も多く、全体像を体系的にとらえるところまでは行っていない。そのため、年度内に発行できる論文に関しては、研究の一部分を公表できたにとどまった。また、2月以降には研究活動に制限がかかっており、それ以降は少しずつしか進展はなかった。ひとまず、進捗状況としては、やや遅れてはいるが、おおよそ計画からそれほど遅れていないというところである。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度は、19世紀において装飾農園が徐々に消滅し、そのあとどのような形でそれが継承されて行ったのかという、令和元年からの研究テーマに引き続き取り組む予定である。まず、19世紀における装飾農園の変貌の様を体系的に把握することを目的とし、これまでの、また令和2年度にはいってからの調査結果の相互の関係をまとめられるように努力したい。 また、研究初年度に続き、令和2年度の夏期休暇に二度目の現地調査を行う予定である。今回は、イタリアの影響で18世紀イギリスに作られた装飾農園、および19世紀にはいって展開した理想郷的コミュニティの調査を行う予定にしている。しかし、この件については、国内および相手国の事情を考慮に入れる必要があり、渡欧が可能かどうかは現時点で予想できないため、令和2年度末の3月ごろか、次年度に延期する可能性もありうる。 本報告書をまとめている現時点においても、研究への制限が避けられていないため、状況を見極めながら、当初計画期間である今後2年間のうちに結論に至るように鋭意努力したい。
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Causes of Carryover |
本年度は、昨年度からの残額があり、それが半分くらい次年度に残ることになった。2月以降、研究活動が制限されたことがその理由である。次年度(令和2年度)は、計画通り行えるのであれば海外渡航も予定しており、そのための研究費は多く必要になると思われるので、持ち越した額については次年度中に使用することになると考えている。
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