2018 Fiscal Year Research-status Report
21世紀英語文学におけるポストヒューマニズムの思想史的展開―物質としての生命
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18K00416
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
渡辺 克昭 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10182908)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ポストヒューマン / AI / ドン・デリーロ / 『ゼロK』 / 人体冷凍 / ダン・ブラウン / 『オリジン』 / 器官なき身体 |
Outline of Annual Research Achievements |
あらゆる事象は物語化された物質の相互作用により生起するという視座に立ち、新たな人間の存在基盤を再考しようとする本研究の意義は、多様なテクストに潜む物質と人間の入り組んだ接点をめぐる複合的な思索を学際的に解きほぐし、単一の分野では十全に展開できないポストヒューマン研究の新たな地平を拓こうとするところにある。 論文「ポストヒューマン・デザインの地平―ダン・ブラウンの『オリジン』におけるAIと「かぐわしき科学」のゆくえ」(『英米研究』第 42号、大阪大学英米学会、2019年)では、ポストヒューマン時代の到来を視野に入れ、『オリジン』に登場する未来学者、エドモンド・カーシュが人類に突きつけた問いかけ、すなわち人類の起源と人類の運命に関して、彼が提起する「かぐわしき科学」が、いかにポストヒューマンの光と翳を炙り出しているのか、最先端テクノロジーと人類の叡智を接合して創造されたAI、ウィンストンが駆使する3つの「アート」を手掛かりに分析を行った。 『揺れ動く<保守>―現代アメリカ文学と社会』(春風社、2018年)に所収された論文「囁き続ける水滴―ドン・デリーロの『ゼロK』における「生命の保守」」では、未来に蘇る永遠の命を夢見て人体冷凍保存施設に眠るポストヒューマンを描いたドン・デリーロの最新作を取り上げ、絶滅と進化が交錯する地球の悠久の時間を射程に入れた本作において、凍結されたはずのマテリアルとしての器官なき身体が、ドゥルーズ的な潜在力を秘めた「器官なき身体」へといかに変貌を遂げていくかを考察した。その上で、アーティスのモノローグにおける囁きを担う水滴の一粒一粒が、様々なポテンシャルを含みもつ未分化の個体として、人類にいかなるパラダイム転換が起こっても、しなやかに流転する生命の満ち干という抗しがたい流れを作り出していることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、21世紀英語文学を対象に、ポストヒューマンとヒューマンの錯綜した多次元的なインターフェイスに着目し、フーコー、デリダ、ドゥルーズ、アガンベン、モートンなど、現代思想史の論脈をさらに拡充することにより、人間が自らの存在基盤の臨界にいかに向き合うか学際的に究めようとするものである。物質としての生命が織りなすアポリアを手掛かりに、思弁的実在論、マテリアル・エコ批評等も視野に入れ、「人類以後」をめぐる無意識を多様なテクストから抽出し、新たな共生の枠組みの提起を目標とする。 初年度に当たる本年度は、プロジェクト全体を俯瞰する基礎作業として19世紀以降の英語圏小説においてポストヒューマニズム的無意識がいかに埋め込まれ、表象されてきたか、マクロ的な視座よりマッピングを行った。それと並行して本年度は、生命のありように関わる現代思想の最前線の知見を積極的に援用することにより、ポストヒューマニズムをめぐるバイオポリティクスを俯瞰するとともに、21世紀文学に描かれたポストヒューマニズムを現代思想との関係において分析すべく、該当するテクストを抽出する作業に時間を費やした。現時点において、ほぼ当初の計画通り年次計画を遂行することができ、全体として目標は概ね達成されつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
20世紀後半以降、自然科学の多様な分野でテクノロジーが加速度的に発展するとともに、人間とはいったい何かという、人間存在の限界を規定してきた境界が根底から揺らぎ始めた。そうした背景にあるのは、人間の生命が物質によって構築されている以上、自由に改変することが可能であり、人間の能力は無限に拡張できるという思考の枠組みである。それによれば、人間の身体と精神と世界を継ぎ目のないものとして接合することが究極の目的となる。このように物象化された人間ならざるものが、物質としての生命である人間の世界に入り込むという状況は、かつてない人間のあり方をいかに提示するのか。 従前の本質主義や生気論とは一線を画し、こうした課題に取り組む本研究の進捗とともに、人間増強の究極的な方向性として、逆説的に人類の終焉を惹起しかねない一連のポストヒューマニズムの問題系が浮上してくる。そして、それが単に人間中心主義の終焉を意味するのではなく、自らを構築する物質性により自らを変容させることを宿命づけられた人類のアポリアを浮き彫りにする魅力的な文学的テーマであることが判明しつつある。身体化か脱身体化か、ヒューマンかポストヒューマンかという二項対立を脱構築し、自らの残滓でもあり他者でもあるポストヒューマン・ボディの問題系を、今後は具体的に物語の文脈に即して解きほぐすとともに、資本主義の未来と絡めつつ、人文学的な知を自然科学の知に接合していきたい。 研究遂行にあたっては、進捗状況を的確に把握し、研究が当初計画通りに進まないときの対応としては、分析対象とする作家、メディアをさらに絞り込むなど、計画全体の整合性が損なわれないよう、適宜柔軟に組み替えを行い、研究期間中に必ず一定の成果が得られるよう調整をはかりたい。
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