2020 Fiscal Year Research-status Report
21世紀英語文学におけるポストヒューマニズムの思想史的展開―物質としての生命
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18K00416
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
渡辺 克昭 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10182908)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ポストヒューマン / ドン・デリーロ / マーガレット・アトウッド / 遺伝子操作 / パンデミック / 身体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の今年度の成果の一端は、日本アメリカ文学会関西支部10月例会、シンポジウム、「変容する<ホテル>の時空間」(2020年10月24日、オンライン)において発表された。この発表に基づく論文、「錯乱のコズモポリス―『マーティン・ドレスラー』におけるポストヒューマン的身体としての「ホテル」」は、巽孝之先生退職記念論集(小鳥遊書房、2021年出版予定)に所収される予定である。 次に、学会講演、「21世紀デリーロ文学におけるポストヒューマン的転回―アトウッドとの比較において」、大阪市立大学文学部英文学会第48回大会 (2020年12月12日、オンライン)では、パンデミックによる人類の絶滅とポストヒューマンの誕生を描いたマーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』(2003)を補助線として、21世紀ドン・デリーロ文学におけるポストヒューマン的転回について考察を行った。アトウッドがポストヒューマンの近未来的ディストピアを活写したのとは対照的に、デリーロの晩年のスタイルは、地層学的な「深い時間」へと立ち戻り、死を孕んだ生命のポイエシスを浮き彫りにしたところに大きな特徴があることが明らかになった。 本発表に加筆した論文、「遺伝子のデザイン、記憶のデザイン―『オリクスとクレイク』における黄昏の代理「神」、スノーマン」、『英米研究』第 45号(大阪大学英米学会、2021年3月 31日発行、pp. 39-64.)では、クレイクの遺伝子のデザインと、スノーマンの記憶のデザインがいかに錯綜した関係を切り結び、テクストを紡いでいるかを考察したうえで、遺伝子操作により誕生したクレイカーの存在が、スノーマンの倫理観にいかなる揺らぎをもたらし、滅亡と再生の渚に佇む主人公の魂の在りようにどのような揺さぶりをかけていくのかを分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
あらゆる事象は物語化された物質の相互作用により生起するという視座に立ち、新たな人間の存在基盤を再考しようとする本研究の意義は、多様なテクストに潜む物質と人間の入り組んだ接点をめぐる複合的な思索を学際的に解きほぐし、他分野では十全に展開できないポストヒューマン研究の新たな地平を拓こうとするところにある。 本年度、分析を行った『マーティン・ドレスラー』論においては、従来ポストヒューマンという視座から論じられることのなかったこの作品が、主人公の「ホテル身体」化を通じて、「物質を志向する生命」と「生命を志向する物質」のクロスロードとしていかに機能しているかを明らかにした。ネットワーク化された生命体のように日々更新され続けるそうした生命溢れるアクターと、生命なきアクターの異種混淆的なメッシュが張り巡らされているのがホテルの地下層である。ブリュノ・ラトゥールが提唱する〈アクター・ネットワーク〉を援用しつつ、恍惚とした生命の淵源と破滅の種子が交差するブラックホールを炙り出したことは、ポストヒューマン研究の新たな地平を構築する端緒となろう。さらにまた、マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』論においては、「遺伝子のデザイン」と「記憶のデザイン」が織りなす関係を解明することにより、ポストヒューマン研究における「記憶」という新たな視座を提示することができた。現時点において、ほぼ当初の計画通り年次計画を遂行しつつあり、全体として目標は概ね達成されつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、21世紀の日常に加速度的に浸透するポストヒューマニズムへのヴィジョンが、多様な領域と問題系においていかに複雑で交錯する情動を発動するか、資本主義の未来との関係において、そのマトリクスと生成のダイナミズムを丁寧に解きほぐしてきた。今後もこの姿勢を堅持し、身体化か脱身体化か、ヒューマンかポストヒューマンかという二項対立的思考を脱構築し、自らの残滓でもあり他者でもあるポストヒューマン・ボディの問題系を具体的に物語の文脈に即して丁寧に解きほぐしていきたい。Ian McEwanのMachines Like Me (2019)、Kazuo IshiguroのKlara and the Sun (2021)など、相次ぐAI文学の出版が物語るように、ヒューマンとポストヒューマンの双方向的なインターフェイスを生成する文化的状況に留意しつつ、さらに広範な21世紀英語圏文学を研究の対象としていきたい。 本研究の最終年にあたる今年度は、とりわけ新型コロナウイルスの大流行という人類に突きつけられた喫緊の課題を踏まえ、ポスト・パンデミックの世界のありようとポストヒューマニズムの関係という新たな問題系を引き続き射程に入れ、従前の研究を収斂させていく予定である。今後とも進捗状況を的確に把握し、研究が当初計画通りに進まないときの対応としては、分析対象とする作家、メディアをさらに絞り込むなど、計画全体の整合性が損なわれないよう、適宜柔軟に組み替えを行い、研究期間中に必ず一定の成果が得られるよう調整をはかりたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍のため、海外出張旅費・国内出張旅費を機動的に使用することができなかった。次年度においては、コロナ禍の状況を慎重に見極めた上で、柔軟に対応を検討しつつ、次年度使用額を主として物品費に振り分け、本年度カバーできなかった海外・国内の資料の収集をさらに促進することにより、確実に研究を遂行していきたい。
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