2018 Fiscal Year Research-status Report
啓蒙思想における「異常者たち」―「去勢者たち」をめぐる文学的哲学的総合研究
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18K00489
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
桑瀬 章二郎 立教大学, 文学部, 教授 (10340465)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ヴォルテール / ジャン=フィリップ・ラモー / ルソー / 啓蒙思想 / フランス文学 / セクシュアリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は当初の計画通りシャルダン、モンテスキューについて調査を進めた。それと同時にヴォルテールとルソーの諸作品、とりわけヴォルテールとジャン=フィリップ・ラモー共作のコメディ・バレー、ヴォルテールの劇作とルソーの幕間劇についても集中的に研究を進めた。一般に「カストラート」を拒否したとされる18世紀フランス文化社会において、宮廷文化を彩る「歌劇」や、世紀前半においてもなお最重要「ジャンル」のひとつであった「悲劇」が、いわゆる「オリエント」とどのような関係をとり持っていたかを検討することが不可欠だと理解したためである。実際、ラモーの代表作《優雅なインドの国々》や、ヴォルテールの代表作『ザイール』を想起すれば明らかのように、「オリエント」や「宦官」はこの時代の一部の「歌劇」や「悲劇」で重要な役割を果たしている。 ここから、二つの問いを立てるにいたった。まずは、「宦官」や「オリエント」がいかに扱われているかという課題をめぐって、各作家、思想家間の美学的思想的対話・対立関係を読みとるべきではないか、という問いである。この点については、上演時(1745年)にすでに絶対的権威となっていたヴォルテールと、作曲家として揺るぎのない地位を確立していたラモーの共作コメディ・バレー《ナヴァールの王妃》を、ルソーが改作してうまれたとされるバレー《ラミールの饗宴》という作品を例にとり、フランス啓蒙を代表するこの三者の複雑な思想的対立を読みとろうと試みた。 二つ目に、18世紀に文字通りの「スター」となったいわれることもある「カストラート」と、「カストラート」に楽曲と歌詞を提供する作曲家、劇作家の象徴的地位の高まりについて、「著名性」という観点からその類似性と差異について検討した。 前者はフランス語論文として、後者は研究報告というかたちで成果を発表した。後者は論文として2019年度に刊行する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」で触れた二つの研究は、「《ラミールの饗宴》の「作者」をめぐって―ルソー『告白』の余白に」という仏語論稿と「ヴォルテールの「生涯」―伝記あるいは自伝の必然性/不可能性」という研究報告である。前者はタイトルからは読みとりにくいが、ヴォルテール、ラモーとルソーの美学的思想的対立関係に迫る研究であり、研究代表者は現在、申請書で示した研究計画にもとづき、調査対象を着実に広げつつある。ちなみに、この二つの研究では詳細な分析を展開していないが、ヴォルテールの通称『習俗論』は「宦官」について語るうえで特権的文献といえるので、別途論じる機会を設ける予定である。また、シャルダン、モンテスキューに加え、ディドロについても本格的に作品の読みなおし作業を開始した。 こうしたいわゆる共時的かつ横断的研究を進めつつも、同時に鍵となる詳細なテクスト研究も進めている。ルソーについてはその女性論、女性性についての論稿が、フランスの研究誌Rousseau studies最新号に掲載されることになっている。また、その延長線上に、現在もうひとつの論稿を準備している。ルソーは『エミール』で職業適性と性差の問題を扱う際、「裁縫と針仕事」を「女たち」、あるいは「女と同じような仕事をせざるをえない足の不自由な男」にしか認めるべきではないとし、「宦官」に侮蔑的に言及しているが、『告白』第12巻では、まさに女たちにまじって「針仕事」をする自身を誇示するかのように描き出している。こうした例に象徴されるような、分析の鍵となるような記述を、各思想家について選び出す作業に着手する必要性を感じている。 以上のように、当初の計画通り、フランス「啓蒙」の代表的思想家の作品を読み進めつつ、同時に、最も象徴的な、つまり各思想家の「異常者たち」についての思考を解釈するうえで鍵となるような作品や記述の選別作業を始めつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況」で示したような歩みを可能にしたのは、助成金で入手した図書の精読や所属大学での調査(データベースを例にとれば、これまでの調査にはEighteenth Century Collections OnlineよりもむしろElectronic Enlightenmentが有効であった)はいうまでもなく、使い慣れたエコール・ノルマルでの集中的な調査研究であった。その図書館独自の図書分類法と開架システムはいくつもの「発見」をもたらしてくれる。平成30年度は9月にこれを行うことができたが、次年度もまた3週間程度の研究調査を行いたいと考えている。 研究初年度を終えて痛感したのは、研究成果公表の困難である。公表した論文がすぐさま電子データとして拡散される現在、これは一冊の書物としての刊行を最終目的とする本研究において、大きな障害となっている。これまで公表してきた、あるいはこれから公表される論文ではその書物の「本論」にはあえて触れず、各論文の補足的、補完的研究としての側面を強調せざるをえなかった。だが、こうした状況を肯定的にとらえ、本研究をより奥深いものとするため、これまで同様、成果を論文、研究報告というかたちで定期的に公開しつつ、書物の準備を並行して進めていく予定である。 思想家別の研究としては、2019年度は具体的には、ディドロ作品、とりわけその『ダランベールの夢』、『生理学要綱』、通称『セネカ論』、さらにはその書簡を再検討していく予定である。そして、ヴォルテールとルソーについて同様、思想的対話・対立関係の検討が不可欠と判断されれば、特にビュフォンとのそれについて研究を進めたいと考えている。
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Causes of Carryover |
購入を予定していた批評校訂版の刊行が遅れたため。これについては刊行され次第購入する。また、購入を計画していた古書が入手できなかったため。エコール・ノルマル図書館で参照したが、この図書に含まれている画像は今後の研究に極めて有益であるので、引き続き入手可能性を探る。
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Research Products
(2 results)