2018 Fiscal Year Research-status Report
調音動作の組織化と声道形態の個人差:RtMRIと3D-MRIデータに基づく研究
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18K00548
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
中村 光宏 日本大学, 経済学部, 教授 (10256787)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 調音動作 / リアルタイムMRIデータベース / 3D-MRIデータベース / 声道形態 / 個人差 |
Outline of Annual Research Achievements |
調音動作の制御と声道形態の個人差との関係を調査するために、有声歯茎側面接近音 (英語L)の調音動作の空間的・時間的動態を調査・分析した。先行研究では、英語Lは歯茎部との接触状態に基づき、舌尖調音と舌端調音に大別されるが、2種類の調音動作を時間的制御の観点から検討した研究はほとんど無い。更に、2種類の調音動作は独特の舌全体の形状を生成するが、その生成プロセスは十分に理解されていない。本調査分析では、リアルタイムMRIデータベースを使用し、歯茎部における完全閉鎖の形成過程、舌全体の形状の形成過程、舌尖・舌端調音と舌背調音との協調タイミングを観測し、調音動作の構成性の観点から考察した。 3つの主要な結果が得られた。①構音時の正中矢状面画像の分析により、10名の被験者のうち8名が舌尖調音、2名が舌端調音であることが分かった。②舌尖調音による完全閉鎖形成過程は3段階に分れる。(a)正中矢状面において舌前方に「くぼみ」が形成され、(b)舌尖が歯茎部方向に伸長して完全閉鎖が実現し、舌全体は凹面状(concave)になる。そして、(c)舌背が咽頭壁方向に後退する。くぼみの形成は、母音化Lにも観察されたが、舌端調音には観察されなかった。舌尖調音に独特のくぼみの形成は、歯茎部に対する舌尖動作の接近角度(orientation angle)調整のための準備動作であるとともに、舌尖調音の開始動作でもあり、完全閉鎖形成時に、凹面の舌形状を生成すると考えられる。③音節頭/l/における協調タイミングは、舌尖・舌端調音が舌背調音に先行するパタンが観測され、音節末/l/では逆のパタンが観察された。この協調タイミングに関する結果は先行研究のものと一致する。このような結果は、調音動作の構成性には個人差が認められることを示唆する一方、それぞれの調音動作と音響的特徴との対応関係を検討する必要性を提示している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成30年度の研究計画における主要課題は、リアルタイムMRIと3次元MRIデータベースの確認と整理、そして英語Lを対象とする予備的調査を実施することであった。 リアルタイムMRIによる調査は、2つの国際学会で報告することができた。2018年9月にリトアニア(Vilnius University)で開催されたThe 25th International Scientific Conference of Jonas Jablonskis, "Variation across Languages and their Varieties"(第25回言語変異に関する国際学会)にて、調音動作の実態とその記述に関する諸問題を主題として成果報告を行った。2018年10月にポーランド(John Paul II Catholic University of Lublin)で開催されたThe 6th Meeting of Linguistics Beyond and Within(第6回言語学と関連領域に関する国際会議)にて、普遍音声学と音韻論の生物学的基礎を主題として成果報告を行った。両学会を通して、分析方法について、事前に検討を要する課題が見つかったことは、今後の調査・分析を進める上で大変重要であると考えられる。 このような状況から本年度の課題は達成できたと判断できる。また、英語Lの生成における舌尖調音(apical)と舌端調音(laminal)の区別に関する研究成果に、舌尖・舌端調音と舌背調音との協調タイミングに関する分析結果を加え、調音動作の構成性を考察した論考が、2019年8月にオーストラリア・メルボルンで開催される The 19th International Congress of Phonetic Sciences (第19回国際音声科学会議)において採択されたことを申し添える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度遂行した予備的調査の結果に基づき、次の課題を中心として、より多くのデータを収集し、仮説検証、調査分析を進める計画である。 ①調音動作の制御に関わる受動的調音体の役割:舌尖調音(apical)と舌端調音(laminal)の区別は、舌頂性子音(/t、d、s、z/など)においても観察され、例えば、英語Lに舌尖調音を使用する話者は、他の歯茎音にも舌尖調音を使用する傾向があることが報告されている。このような選択傾向は、当該子音群の生成には能動的調音体(この場合は舌)だけではなく、受動的調音体も重要な役割を持つことを示唆している。この点を検討するために、硬口蓋の形状や歯茎部の傾斜度といった受動的調音体の形態を調査分析し、舌調音との関係を検討する計画である。 ②舌調音と軟口蓋調音の協調タイミング:本年度において調査対象とした音声・音韻事象とは別の事象についての予備的調査・分析を実施する考えである。具体的には、軟口蓋調音と舌調音との協調タイミングを検討している。この調査分析は、例えば、母音の鼻音化、歯茎鼻音における舌調音の弱化、あるいは弾音の鼻音化などが潜在的な調査対象となる。調査対象の音声事象を拡張することによって、調音動作の制御と声道形態の個人差との関係について知識や知見を分析し、更に深化させる計画である。 音声生成機構・知覚機構のモデル化と音韻論の生物学的基礎に関する研究文献を収集し、生物学的基礎の位置付けについて詳細な検討を行う。平成31年度に得られた研究成果は、平成30年に得られた成果と合わせて検討し、音声科学・音声言語処理関係の国際学会に発表申請することを予定している。
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Causes of Carryover |
(理由) MRIデータの画像解析が可能なソフト(SigmaScan Pro 5.0)と曲線解析のためのソフト(TableCurve 2D 5.0、TableCurve 3D 5.0)の購入を計画していたが、平成30年度は購入を控えたために次年度使用額が生じた。本年度購入を控えた理由は、使用しているMRIデータベースに関連する音声データの観測・可視化ソフトが改良されたため、非商業用ソフトは定期的な更新は行われないものの、その分析機能を検討する必要があると判断したためである。 (使用計画) MRIデータの画像解析については、非商業用ソフトを使用することで、購入計画を立てていたSigmaScanやTableCurveとほぼ同じ分析を遂行することが可能であることが判明したため、それら商業用ソフトの購入のための費用を平成31年度に措置しないこととした。 現在のところ研究課題を遂行する上で懸念される事柄は、データの保管に関わるものである。調音・音響データ(リアルタイムMRIデータ、3次元MRIデータ、EMA調音データ)を使用した本研究においては、調査分析のためにデータを変換する必要があり、その変換されたデータが大量となるために、全てをコンピュータのハードディスクで保管することが難しい。そのため、比較的大きな容量外付けHD(2T以上を想定している)を購入するための費用を措置したいと考えている。
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Research Products
(3 results)