2020 Fiscal Year Research-status Report
認知言語学における「捉え方」概念と言語哲学における「意義」概念の統合に関する研究
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18K00551
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
酒井 智宏 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (00396839)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 平叙文 / 主張力 / コミットメント / 話し手 / 発話者 / 命題の統一性 / 否定 / ポリフォニー |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は「主張力を伴う発話」が一枚岩ではなく、提示様式に応じていくつかの類型に分けられることを示し、命題の統一性を保証するものは何らかの発話者の主張行為であるという、命題の統一性に関する言語行為論的解決の精緻化に着手した。 一般に、文pがqを意味論的に含意するとき、pに対してある命題態度をもつ者はqに対しても同じ命題態度をもつと考えられてきた。たとえば、一位でゴールすれば優勝となることが知られている競技に関して、「ジョンが一位でゴールした」と主張する者は「ジョンが優勝した」とも主張しており、「ジョンに一位でゴールしてほしい」と望む者は「ジョンに優勝してほしい」とも望んでいる。しかし、この考え方はp の発話者がつねにp とq に同程度にコミットするという誤った図式に基づいており、言外の意味(前提と会話の含み)に関して誤った予測を行う。「ジョンはタバコをやめた」は「ジョンは以前タバコを吸っていた」を含意(前提)するが、Dinsmoreの言うように「ジョンにタバコをやめてほしい」と望む者が「ジョンに以前タバコを吸っていてほしい」と望むとは限らない。Ducrotの用語を用いると、ジョンにタバコをやめてほしいという発話/思考を行う者は、「ジョンはタバコを吸わないでほしい」と望む発話者(enunciator)1と、「ジョンは以前タバコを吸っていた」と主張する発話者2の声を重ねており、自らを発話者1に、世間の声を発話者2に同化させている。 このポリフォニー的な考え方を応用することにより、いわゆる主張力を欠く平叙文(否定文not P, 埋め込み文Mary believes that P, 条件節If P, then QのPなど)は、本当に主張力を欠いているわけではなく、主張者の判断Pと距離を置こうとする発話者の態度を表すという考え方を提案した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度にシチリア島ノート(Noto)で開催予定であった語用論・言語哲学会議(Pragmasophia 3)は情勢により2021年度以降に延期となった。これによって生じた研究の遅延を補う成果として2018年11月のスウェーデン・イェーテボリ大学における発表に基づく論文 "On Japanese generic names: are they part of the language? "が、当初見通しより早く、2020年12月にイェーテボリ大学研究叢書収録論文として刊行された。日本語の人名は、カナ表記が可能であること、漢字を用いる場合には指定された2,399文字(常用漢字2,136文字+人名用漢字863文字)から選択すること、という二つの条件さえ満たせば、長さにも漢字の読み方にも制限がない。日本ではよく知られたこの事実を言語学的に解釈すると、日本語の固有名詞は、発音上の基準を適用する場合と表記上の基準を適用する場合とで同一性の基準が著しく異なることになる。現時点では名前の長さを競う動きが見られない反面、新奇な表記を競う傾向がはっきりと見られる。これは、欧米基準では「同一の名前」とみなされるものが、「どう表記される名前か」という観点からは「際限なく異なる名前」として捉えられうることを示している。こうした「捉え方」概念の意外な応用可能性を欧米の学術誌で示すことができたことは大きな成果であり、本研究課題の遂行を間接的にサポートする。
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Strategy for Future Research Activity |
命題の統一性に関する言語行為説の定式化を行い、論文として発表する準備を整える。 現状では仮の定式化として「記号列Lは命題を表す iff Lは適切な統語構造をもち、かつ Lを主張する主体が存在すると想定される」というものを立てているが、このままでは仮説として提出することができない。「Lを主張する」は「記号列を主張する」ということであるが、「主張する」の目的語は記号列ではなく命題であるはずであり、現状のままではカテゴリー錯誤となる。循環に陥ることなく(iffの右辺に「命題」を登場させることなく)カテゴリー錯誤も回避するためには、「Lのある要素を他の要素に対してpredicateする」というScott SoamesとPeter Hanksの言語行為説を洗練させ、これまでに言語行為説に対して指摘されてきた問題を克服する必要がある。
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Causes of Carryover |
2020年7月にシチリア島ノートで開催予定であった語用論・言語哲学会議(Pragmasophia 3)が情勢により2021年度以降に開催延期となったため、旅費と参加費に相当する額を次年度使用額とした。2021年度中に情勢が改善した場合にはこれを旅費に充て、改善しない場合には物品購入費に充てる予定である。
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