2018 Fiscal Year Research-status Report
調音構造の多角的分析による北奥・南奥方言の音声対立とその動態に関する新研究
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18K00602
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Research Institution | Akita University |
Principal Investigator |
大橋 純一 秋田大学, 教育文化学部, 教授 (20337273)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 北奥・南奥方言 / 音声対立 / 中舌化 / 低母音化 / 非円唇化 |
Outline of Annual Research Achievements |
北奥・南奥方言の音声対立(いわゆるジージー弁・ズーズー弁)は、これまで、主には狭母音音節(/-i/ /-u/)の中舌化を指標に論じられることが多かった。しかし音響分析によればさらに低母音化の度合いが、口形分析によれば非円唇化の度合いが、対立の空き間を埋める重要な要素となりうることがうかがえる。本研究では、そうした観点に立ちつつ、当該事象を舌調音の側面(前後・高低)と口唇の側面(円唇・非円唇)とが連動する構造体として捉え直し、新視点からの多角的な分析により、両方言の音声対立を再考することを目的とする。 本年度は、これまでの予備的調査から関係性が予測できる上記の二側面のうち、まずは「舌調音」のバリエーションを把握すべく、北奥代表地点としての秋田県(秋田市・潟上市・五城目町)をケーススタディとして、実地調査とPraatによる音響分析を行った。対象は60~80歳代の男女性。質問調査により、/-i/ /-u/のミニマルペアを中心に複数回の発音を求め、そのすべてをICレコーダーに(一部をビデオレコーダーに)デジタル記録した。これにより明らかになったことは次の点である。 ①当方言(60~80歳代)の/-i/と/-u/の実相には現在、いくつかのバリエーションが見られる。②そのうちもっとも多いのが/-i/と/-u/が/-i/に合一化して現れるもの、次いで多いのが非合一化して現れるものである。③ただし後者の場合、いずれも著しい低母音化の傾向を示し、その点では前者とさほど調音位置(高低関係)が変わらない。④これらからすると、当方言では元来の/-i/に合一化する状況が根強く保持される一方、「舌調音」上の区別に関しては、前後の関係が高低の関係に先行して推移しつつあることがうかがえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
北奥・南奥方言の/-i/と/-u/(いわゆるジージー弁・ズーズー弁)の対立は、理論上はそのどちらに音韻論的空き間が生じているかで説明されうるが、実際には/-i/的なのか、/-u/的なのか、あるいはその中間的位置にあるのかで実相の判断がつきにくい。加えて最近では、聴覚的な聞こえのうえでは区別が明瞭ながら、音響ないし口唇特徴の面で見ると、舌の高低や円唇性の有無等において、性格の異なる段階的な諸相がみとめられることも少なくない。当方言の音声対立を再考しようとする本研究にとっては、すなわち、上記するような諸相を多地点・多人数にわたって捉え、現状の把握と今後の分析の指針を得ることが基礎的に重要である。 今年度は4年計画の研究の1年目ということもあり、上記のことを見据えた実地調査(その中でも既に予備的調査でおおよその傾向がつかめている北奥[秋田]方言調査)の面に重点を置いた。また地の利を生かし、複数話者を対象とする多人数調査に加え、同一話者に関する日時を違えての複数回調査も行った。これにより、予備的調査でつかめていた知見を検証的に見直せた面があると同時に、実相の揺れ幅やそれと知覚面との相関などについても新しい知見を得ることができた。なお舌調音の面に限った分析ではあるが、音響分析から高低・前後の位置関係を相対化し、現状に生じている変化の序列も推察した(この一部は『秋田大学教育文化学部研究紀要』74に報告した)。 これらから、これまで仮説的に捉えていたことの確認はもとより、分析の対象や視点の置き方など、加味すべき事柄への気づきもあり、今後の取り組みを有効に見通せたということがいえる。以上から、現在までの達成度はおおむね順調であると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度は、特に「舌調音」のバリエーションを把握することを念頭に、秋田方言をケーススタディとして、実地調査と収集したデータの音響分析に重点を置いた。上記の究明点にも触れたが、その「舌調音」においては、前後の関係で方言色を失いつつある一方、高低の関係では未だ方言色が根強いこと、そしてその過程に段階的な諸相があることがみとめられた。本年度はそのバリエーションをさらに吟味するとともに、もうひとつの観点である口形分析を進め、上記する「舌調音」の諸相と口形(円唇性の有無や度合い)との相関を構造的に捉えていきたいと考えている。 一方、本研究のテーマの中核である“北奥・南奥方言の音声対立”についても、探りを入れるための実地調査を可能な限り展開する。先述のとおり、昨年度の調査から「分析対象や視点の置き方など、加味すべき事柄への気づき」があったことにより、基本的には北奥方言地域を対象とした補充ないし発展的調査が中心になると思われるが、併せて岩手・青森県境をはじめとする南部方言(南奥方言)にも調査の対象を広げていくことを予定している。 なお、ここでいう「加味すべき事柄」であるが、具体的には音節・音環境別に時折見られる実相上のずれに関する吟味、一部に誇張的に(見方によっては疑似的に)現れる方言音(それの調音および口唇上の特質)に関する吟味などがそれに当たる。特に後者に関しては、伝統的な方言音声を保持している高齢者よりも、その本来的性質を落としつつある層の話者に現れがちであること、またこれらの実相は先に現状の特質であると指摘した低母音化(高低関係)ではなく、前後関係の方において誇張が見られることがうかがえる。今年度は、そうした面にも注意を向け、考察を深めていきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
理由:次年度使用額(B-A:1284)は、経費の超過を未然に防ぐために、また年度末における不測の事態(たとえば予定外の出費)に備えるために、意図的に調整し生じたものである。
使用計画:次年度(2019年度)予算と併せて、早急かつ有効に使用する。具体的には、年度初めに予定している秋田県男鹿市調査の旅費に充当する。
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Research Products
(1 results)