2022 Fiscal Year Research-status Report
Project to investigate academic researches and human exchange during the Sino-Japanese War: based on the records of Koa overseas student, Kanichi Ogawa
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18K00917
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Research Institution | Doho University |
Principal Investigator |
藤井 由紀子 同朋大学, 仏教文化研究所, 所員 (40746806)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
川口 淳 同朋大学, 仏教文化研究所, 非常勤職員 (70802891)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 日中交渉史 / 近代仏教史 / 学史研究 / 日中戦争 / 学術調査 / 中国開教 |
Outline of Annual Research Achievements |
当初の計画では、日中戦争下に作成・蒐集された「小川貫弌資料」の分析を、中国での実地調査を絡めて進めることで、戦時下の学術調査の意義と人的交流の実態について、歴史的視点から動態的に明らかにしていくことを目指したが、新型コロナウイルスによる中国での調査環境の変化をうけて調査方針の転換を図り、2022年度はプロジェクトの根幹となる「小川貫弌資料」の比較資料を国内において渉猟し、調査を実施するとともに、昨年度末に立ち上げた画像データベースのコンテンツ充実の準備につとめた。 「小川貫弌資料」の特色は、当時の中国において仏教史学者が行った学術調査が、宣撫工作を占領政策として掲げた日本陸軍が推進した開教事業と密接な関係にあったこと、にもかかわらず、そこでは占領する側・占領される側という形では一概に区分できない複雑な共存関係が築かれていたことが具体的に把握できる点にある。新たに練り直した調査計画ではこの点を再評価し、当初は付随的な活動として位置づけていた国内の関連資料の探索・調査を主軸に据え、学術調査だけでなく、開教事業に携わり、かつ、小川と直接交流のあった人物が残した資料を発掘し、歴史的な検証を加えることで、「小川貫弌資料」の史料的価値の裾野を拡げることに注力した。そして、公開の許可が得られた2資料(小笠原彰眞資料・亀谷法城資料)については、写真撮影のうえ、紀要論文として掲載、もしくは、展覧会を通してその歴史的意義を問うた。 特に、1939年、陸軍特務部の管轄のもと、日本の開教事業に資する人材育成のため創設された南京仏学院という中国人僧侶養成学校において、小川と同僚であった亀谷法城が残した資料を用いた展覧会では、一般の参観者に向けて、日本人講師と中国人少年たちとの関係を資料を通して提示し、戦争下における人的交流の複雑さ、特殊さを知り、戦争について多角的に考えてもらえるよう展示構成を試みた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
日中戦争下の学術調査に関わる「小川貫弌資料」の調査・分析を通して、近代の日中交渉史の一端を明らかにしようとする本研究にとって、新型コロナウイルス流行は、中国での現地調査の実施を阻害し、調査研究の進捗に深刻な影響を与えてきた。2022年度、ウイルスをめぐる状況は好転に向かっていたが、中国ではゼロコロナ政策がとられ、海外渡航者に対して厳密な行動制限が課せられていたため、中国現地での実地調査は全面的に不可能と判断して、調査対象を国内に遺存する資料に完全変更した。 西本願寺の興亜留学生として中国に渡った小川貫弌の残した資料に基づき、戦時下における学術調査と人的交流を明らかにするという本プロジェクトの目的のもと、中国現地調査に代わる新しい調査方針として、「小川貫弌資料」の補完資料となりうるものを国内で探索し、可能な限り調査を行って比較研究を試み、成果が公開できるものについては史料紹介や展覧会の形でその歴史的意義の発信につとめた。したがって、方針転換後の進捗状況はおおむね順調だと考えている。 ただし、課題もある。日中戦争時、開教事業に携わった人々の残した資料群は、その親族でもある多くの所蔵者にとっては、近親者の遺品であり、同時に、“仏教者の戦争協力”という事実を物語る負の遺産でもある。2022年度は、調査交渉が比較的容易な、公的機関に寄贈された資料を中心に調査を行ってきたが、今後、個人蔵の資料調査を実施していく上では、戦争時の遺品を資料として扱っていくことの学術的意義について、所蔵者に理解を深めてもらう、その方途が問われる。また、2021年度末に「小川貫弌資料」の画像データベースをWeb上で一部公開したが、戦争をテーマにした日中交渉史研究のための資料プラットフォームとしてこれを膨らませていくためには、関連資料のデータ公開も視野に含める必要があり、所蔵者との関係構築が大きな課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
戦時下に作成された中国仏教史に関する調査記録を、歴史資料としてどう位置付けるか。本プロジェクトでは、日中戦争下、西本願寺の興亜留学生として渡中した仏教史学者の小川貫弌が、開教事業に従事するかたわら、中国にて学術調査を行った際の資料を調査対象とし、中国での実地調査を通してこれを検証してきた。2022年度以降は、新型コロナウイルスの影響により当初の調査計画を変更し、付随的な活動として位置づけていた、国内における比較資料のデータ蒐集に本格的に取り組んでおり、最終年度となる2023年度もひきつづき比較資料の調査を進めるとともに、これら比較資料群を統轄するような研究を進め、論文として学術雑誌に発表する予定である。 なお、この統括的な作業を進めていく上で鍵となるのが、2022年度末に「日中戦争下の学術調査と人的交流を探るプロジェクト―興亜留学生小川貫弌の記録」として、Web上での公開を開始した画像データベースである。従来、戦争下に研究者が残した記録類は、単なる遺稿・遺品として見過ごされ、廃棄・散佚されてしまう傾向にあったが、そこに新たな史料的価値を見出していくことが本プロジェクトの使命である。今後は公開が全面的に許可されている「小川貫弌資料」を主軸に、方針転換後に調査した国内の資料群を相互に関連づけながら、日中交渉史研究のための戦争資料のプラットフォーム構築を目指していく考えである。 ただし、国内に残された戦争時の開教関連資料は、資料の所蔵者にとっては近親者の遺品であり、かつ、“仏教者の戦争協力”という事実を明らかにする負の遺産でもある。調査対象となる資料のそうした状況を十分考慮しつつ、それらに歴史資料としての価値を見出していくとともに、データベースとしてWeb上での公開が可能となるよう、所蔵者にプロジェクトの学術的意義について理解をしてもらえるような工夫を試みたい、と考えている。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの流行、および、中国政府によるゼロコロナ政策の影響で、中国現地調査の見通しが立たず、2021年度末に調査計画を見直し、中国調査に代えて、当初、付随的な活動に位置づけていた日本国内の比較資料の探索・調査に本格的に取り組むことを決定した。2022年度は変更後の計画に沿って、資料の所在を探る事前調査も含め、比較資料調査を着実に進めてきたが、戦争に関わる問題でもあり、所蔵者にとって資料調査は戦争協力という事実と向き合う機会ともなるため、調査交渉は容易ではなく、調査がスピーディーには実施できず、次年度使用額が生じてしまっている。 なお、2022年度に行った事前調査の結果、年度末の時点で4ヶ所の関連資料の所在をつきとめている。今後はこの4ヶ所に残された各資料群について、資料の所蔵元に足を運び、これまでの研究蓄積を開示しつつ、プロジェクトの学術的意義について理解を賜り、漸次、資料調査を実施していく計画で、公開の許可が得られれば、Web上で公開されたデータベース等を通して成果報告の形に変えていく所存である。次年度使用に生じた予算は、そのための旅費、および、資料撮影等の調査費用に充当する計画である。
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