2020 Fiscal Year Research-status Report
船乗りたちの「語り」から読み解く近世イングランドの海事史研究
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18K01033
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
井内 太郎 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (50193537)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 海事史 / 船乗り / 海事共同体 / イングランド / 海事高等裁判所 / 船上遺言書 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度の研究実績としては、昨年度に連合王国の国立公文書館で収集した16世紀半ばのギニア航海時に船員たちが書き残した「船上遺言書」、ならびに海事高等裁判所における16世紀の船乗りに関わる訴訟記録の分析を行った。前者については、93通の船上遺言書の内容について検討し、死亡日時、場所、財産目録、遺贈者、遺言内容、人的ネットワークを分析し、データベース化した。その結果次のことが明らかとなった。(1) 9度のギニア航海で、のべ1,000人~1,500人が参加したと推定され、その間の死亡者数が300人~500人にのぼり、したがって単純計算で3人に1人が亡くなったことになる。(2)乗組員の死亡要因としては、戦死や海難事故よりも、西アフリカの過酷な気候の中で、壊血病などの病死が圧倒的に多かった。(3)遠洋航海の中で、船内において船員たちの共同体意識が強化され、また同時の船上経済が醸成されていったことを明らかにした。たとえば、船内では船員の間で物品の取引などを通じて、貸借関係が成立していた。そして、遺言書の内容も、その多くが航海後のに支払われる賃金により、その貸借関係を清算することにあった点が注目に値する。 次にこの時期のギニア航海に関わる海事高等裁判所の訴訟記録の分析を行った。興味深いのは、無事にロンドンへ帰港した船員たちが、航海途上で亡くなった船員のために、船主から航海に関わる未払いの賃金の支払いを求める訴訟を行っていることである。 次に近世東アジアの海域における日本や中国とイングランドの海民の比較検討を行うためのシンポジウムの準備会を立ち上げた。残念ながら、コロナ感染拡大の影響で広島史学研究会大会が中止になったので、シンポジウム自体は次年度に持ち越しとなった。打合会を通じて、三者の海事共同体としての社会構造や彼らの宗教心性について、さらに検討を加えていくことにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究事態の進捗状況は概ね良好であるが、予定していたシンポジウムでの学会報告ができなかったため、計画がやや遅れている。来年度は、シンポジウムを開催し、最終成果について報告したい。
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Strategy for Future Research Activity |
今年(2021年)度は、研究代表者の井内がオーガナイザーとなって、昨年度実施できなかった広島史学研究会大会で、日本史・東洋史・西洋史で「16~17世紀の海洋世界における海民の社会史」と題した共通テーマでシンポジウムを開催し、西洋史からは研究代表者の井内が「16世紀イングランドにおける海民の社会史」と題して報告を行うべく準備を進める。またその最終成果は、同学会が発行している『史学研究』に掲載される本シンポジウム特集号に掲載される予定である。最終年度には、以下の2点についてまとめていく。 ①船乗りたちの語り 本研究では、従来のように大航海者や海軍士官や交易商人などのエリート層ではなく、一般船員に語らせることにした。その結果、彼らの生き様や、農民や都市民とは違う彼ら独自の労働文化、彼らの海事共同体のあり方を明らかにし、ブリテン史研究の再構築を試みる。 ②近世イングランドにおける海事史の再構築 船乗りたちの語りは、決して論理的とはいえず、不安定で弱々しく失敗を重ねる物語であったかもしれない。しかしながら、従来の知的エリートや航海者が語ってきた「強いイングランド」に対して、こうした「弱いイングランド」のイメージを加えることで、はじめてエリザベス時代を海洋帝国への道を切り開いた「黄金時代」として神話化してきた従来の近世イングランドの歴史増の相対化をはかっていく。
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Causes of Carryover |
今年度は、新型コロナの蔓延のために、当初の予定に大幅に狂いが生じた。まず連合王国への史料調査にいけなくなり、また予定していた学会での報告も、学会自体が中止になり、次年度に持ち越しになった。 次年度は、コロナの感染状況、年度内に渡英許可が降りるか否かで、予算のたてかたが、大きく変わってくる。 10月を目処に、渡英し資料収集・学会参加することが不可能な場合には、設備備品費(とくに科研関連研究文献、渡英できないことに伴う海外からの史料の取り寄せ)の使用にあてる予定である。国内での学会、研究会はすべてオンラインなので、出張旅費はほとんどかからないものと思われる。
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