2019 Fiscal Year Research-status Report
「適合的因果」と統計的因果推論の同型性にもとづく因果分析の再構築
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18K01991
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
佐藤 俊樹 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (10221285)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 適合的因果 / マックス・ウェーバー / 統計的因果推論 / ヨハネス・フォン・クリース / 法則論的/存在論的 / 比較社会学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、前年度末に刊行した研究成果である単著『社会科学と因果分析』(岩波書店、2019年)関連の研究を進めた。 まず、『社会科学と因果分析』では当初、M・ウェーバーが論文「文化科学の論理学の領域での批判的研究」のなかでくり返し参照指示しているJ・v・クリースの文献を『確率計算の諸原理』だと考えて議論を展開していたが、参照指示されているのは論文「客観的可能性の概念について」の方で、それが単著として刊行されたものではないのか、という指摘を受けた。あらためて検討した結果、その可能性が高いと考えて、その論文が収録されているウェーバー全集1/17巻で確認したところ、全集でも「客観的可能性の概念について」だとされていた。なお全集では単著にあたる刊行物は記載されておらず、v・クリース自身のその後の著作でも、雑誌発表時の頁数で参照指示している。したがって、ウェーバーは何らかの形で合本された私家版にあたるものを手元におき、その頁数で参照指示したものと考えられる。 このこと自体、当時のウェーバーの研究状況を示すものとして学説史的にも興味ぶかいが、学術研究としては大きなミスであることには変わりない。2019年夏の時点で全集版1/17巻が未刊行であることは確認していたが、その後の最終稿作成中に刊行されていたことも見落としていた。 そこで19年秋に増刷した第4刷で、以上の経緯を紹介し、それによって『社会科学と因果分析』での議論のどの部分が変更されるかを明示することにした。さらに、19年1月に新訳が刊行されたE・カッシーラーの『現代物理学における決定論と非決定論』でも、ウェーバーと同様、v・クリースの「法則論的/存在論的」をH・リッカートの自然科学/文化科学とは異なる意味で解釈していることも付け加えて、『社会科学と因果分析』の基本的主張に大きな変更がないことも述べた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
研究実績のところで述べたように、『社会科学と因果分析』は予想以上に大きな反響をよび、重要なミスに関しても指摘をうけることができた。ミス自体はもちろん大きな失敗であり、個人的にも残念だが、『社会科学と因果分析』の内容が広く知られたことを示すものであり、さらにそれがより正しい知識へ更新されて、そのことも広く知らせることができた。これ自体は研究としては大きな進展である。 『社会科学と因果分析』はその主題の関係上、社会学だけでなく、歴史学・哲学・経済学・科学論・統計学・理論物理学などの広範な分野にわたって、ドイツ語・英語・日本語の文献を、19世紀後半から現在までの時間幅でとりあつかう必要があった。それを一人で完璧にこなすのは少なくとも私の能力では不可能であり、それゆえ、今後もこうした批判や指摘はありうる。その際には今年度同様、できるだけ積極的に対応し、修正すべきものは修正し、そのことも可能なかぎり周知していきたい。 それは『社会科学と因果分析』で提示した社会科学のあるべき姿と合致しており、それゆえ、この対応と修正の作業それ自体が本研究課題の遂行の一部であると考えられる。感情的には決して抵抗がないわけではないその作業を無事遂行できたことは、当初の計画以上の成果である。従来のウェーバーの学説研究では、読解の精度がしばしば読解者の個人的資質や道徳性と結びつけられてきたが、こうした形の批判の応酬は研究全体を委縮させ、特に若い世代の研究者の参入を阻害する。その隘路を打開できる事例をつくったことも評価に値すると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
『社会科学と因果分析』に関わる研究成果については、上記のような応答と修正作業を今後もつづけていき、他の研究者の批判的検討に支えられる形で、主要な成果をより良いものに更新していきたい。それによってウェーバーだけでなく、G・ジンメルなどの同時代の研究者もふくめて、社会学の成立局面での学説史・研究史的研究全体も活性化していけると考えている。 大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書、2019年)が大きく部数を伸ばすなど、学説史や研究史を通じた社会科学の方法論的反省はこれまで以上に重要な研究領域になりつつあり、専門的研究者以外からも関心を向けられるようになっている。スペースの関係で研究実績の欄には書けなかったが、同書に関しては「神と天使と人間と 書評:大澤真幸『社会学史』(1)(2)」(『UP』560号,561号)で批判的に検討し、ウェーバーだけでなく、N・ルーマンのシステム論などもふくめて、日本語圏でしばしばみられる「社会学の理論」の通説的な理解のいくつかが誤りであることを明確にした。これも本研究の成果の一部であり、今後もさらに進めていきたい。 また、本研究の直接的な継続として、ウェーバー自身の個人史や研究の展開に対しても適合的因果(統計的因果推論)の方法論を適用し、これらに関わる因果関係をより科学的に特定していく作業を進めている。いずれ何らかの形でまとめて単著として刊行する予定であるが、その一部は「「M・ウェーバーの「失われた一〇年」 『マックス・ウェーバー全集』(MWG)が開く新しい世界」(『UP』567号)ですでに公表している。
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Causes of Carryover |
新型コロナ感染症の拡大によって、購入予定だった海外の文献の到着が遅れて、その分の支出が減った。この分は次年度に確実に購入できる。また、年度末に使用する予定だった旅費も、自粛によって支出減になった。この分もできるだけ来年度中に使用したい。
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Research Products
(4 results)