2019 Fiscal Year Research-status Report
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18K12283
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
尹 シセキ 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (80761410)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 内部発行 / 松本清張 / 三島由紀夫 / 北一輝 / 日本改造法案 / 憂国 / 豊饒の海 / 軍国主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度の4月から8月までは、2018年度の資料調査を踏まえながら、新たな資料調査やテクスト分析を進め、学会での研究発表を行なった。 2019年10月19日にシンポジウム「社会主義文化のネットワーク-日本、中国、ソ連、そして東欧」(東京大学)にて、研究発表「二・二六事件の記憶化をめぐる攻防-松本清張『日本改造法案―北一輝の死』と社会主義中国」を行なった。松本清張『日本改造法案』の内部発行を考察し、70年安保に対する中国政府の態度や関連報道を参照しながら、文学翻訳に期待された政治的役割と、翻訳者による文学的営為について分析した。『日本改造法案』は、松本清張や宮本顕治などが北一輝の「軍国主義」に共感している証拠として翻訳されたものの、作品の本文はむしろ「革命」にまつわる集団的欲望のあり方を示唆するものとして、文革中の中国においてアクチュアルな意味を持っていた。「内部発行」のシステムは、そうした文学的営為を可能にしたといえる。 2019年10月27日に「第7回東アジアと同時代日本語文学フォーラム」(台湾・東呉大学)にて、研究発表「中国における日本文学の「内部発行」-軍国主義批判と三島由紀夫」」を行なった。1970年の中国における「三島事件」批判と関連しながら、『憂国』と『豊饒の海』の内部書として翻訳される経緯を整理し、新中国の三島由紀夫翻訳に内包される複雑性と矛盾性を検証した。『憂国』をはじめとしたテクストの「自死」表象は、定番化・空洞化した軍国主義の概念、リアルな身体感覚をもたらす役割があったと分析した。 以上に関連して、2020年2月の『連環画研究』第9号に投稿した論文「一切の害虫を退治せよ-連環画による悪役の描き方」は、社会主義中国の軍国主義批判の文脈において、日本の「軍国主義者」がいかに図像化されてきたかを検証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度は妊娠出産のため、三島由紀夫の「内部発行」をめぐる調査研究も予定より遅れていたが、2019年度はこの課題を再開し、研究発表をするところまで進めたため、2020年度内に論文化ができる見込みである。松本清張の内部発行本についても、研究発表を通じて新たな発見があった。2019年度の全体的な研究調査を通じて、「内部発行」というシステムと社会主義中国の「軍国主義批判」との関連性がかなりはっきり見えてきた。また、その中で個々の文学作品の位置付けについても、だいたいの見取り図が見えてきた。こうした状況を踏まえて、2019年度の研究は概ね順調に進展していると考える。 ただし、本来2019年の2月と3月に北京や台北などへの研究調査を予定し、中国大陸側の資料を補足しながら、台湾というもう一つの参照軸を入れた上で、論文を仕上げるように準備をしていたが、新型コロナウイルスの状況により、両方への渡航が不可能となったため、論文を最終段階まで完成することができなかった。その部分については、2020年度の夏以降に実現できるように、調整していきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、上記課題の追加資料の調査と論文執筆を継続する。 ほかに、新たな課題を二つ加える。 一つは、「北方」を表象した日本文学に対する内部発行への考察である。夏堀正元の『北の墓標』など、日本とロシア(当時はソ連)との領土紛争が続いた千島列島を舞台に書かれた小説も、中国で「内部発行」され、「日本人民による独立と主権のための闘争」として紹介された。こうした作品の翻訳がどのように行われたかを整理しながら、新中国・ソ連・日本の複雑な政治的、文化的権力関係とどのように関連しているかを考察する。本課題について、2020年の「第8回東アジアと同時代日本語文学フォーラム」(zoomによるオンライン開催)にて研究発表を行う予定である。 もう一つは、内部発行の専門雑誌『摘訳』を考察することである。現在広く知られている『外国文学』雑誌の前身である『摘訳』は、1970年代にわたり、ソ連やアメリカ、日本の文学作品を広く紹介した。その中、日本文学に対する翻訳はどのような意味があったのか、全体的に検証していきたい。また、一つ具体例として、中国で大きな話題として取り上げられた日本の左翼劇団「はぐるま座」の作品を取り上げる。「はぐるま座」は、文化大革命期の中国を継続的に訪問していたが、その際に上演し、直後に『摘訳』によって翻訳されたのは、沖縄問題に関する演目である。日本国内における沖縄問題の状況も踏まえながら、なぜそうした訪問活動および翻訳が行われたかについて検証する。この課題について、2020年8月31日から9月2日のAAS-in-Asia(神戸大学)にて研究発表を行う予定である。
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Causes of Carryover |
2020年の2月と3月に、台北や北京への出張調査を予定し、さらに天津、長春などへの出張調査も考えていたが、その全てが新型コロナウイルスのため延期となったため、渡航のための旅費や、現地での調査費用、資料購入費が次年度使用額となった。
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Research Products
(4 results)