2020 Fiscal Year Research-status Report
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18K12283
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
尹 シセキ 大阪大学, 文学研究科, 助教 (80761410)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 冷戦 / 日中交流 / 内部発行 / はぐるま座 / 三島由紀夫 / 夏堀正元 / 北東アジア / 軍国主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、中国における日本文学の「内部発行」をめぐる資料収集と整理を継続しながら、下記のように事例研究を中心に課題を進めた。 (1)1960-70年代における日本の地方劇団「はぐるま座」の中国訪問を調査し、劇団が中国各地で作品を上演する過程や、内部発行専門誌の『摘訳』によって『野火』『春雷』『沖縄の朝』などの作品が翻訳される経緯、とりわけ上演と翻訳の際に生じた検閲の問題を明らかにした。 (2)三島由紀夫の『憂国』および『豊饒の海』四部作が中国で「内部発行」される経緯を考察した。1970年の三島事件、および第二次安保条約の更新をきっかけに、中国では「日本軍国主義の復活」の批判が始まったが、その一環として、三島由紀夫の上記作品が周恩来の指示により、「内部発行」の形で翻訳出版され、「日本軍国主義の復活」の状況を示す参考書物として扱われた。そうした歴史的事実をめぐる資料整理を行うと同時に、日中文学者による三島由紀夫の研究と受容を比較し、三島研究と、日中の歴史認識の形成と変容との相関関係について分析した。同時に、松本清張の『日本改造法案-北一輝の死』をめぐる「内部発行」と比較し、対極的な歴史観を持つ両者の作品が、どのように受容されたかを考察している。 (3)「内部発行」で翻訳された夏堀正元『北の墓標』や五味川純平『人間の条件』など、北東アジアにおける中国・日本・ロシアの関係を表象するものをとりあげ、中ソ関係の悪化や、日中国交正常化の模索といった同時代の政治的状況において、これらの作品が翻訳され、読まれることの意味を分析した。 以上の、個別のテクストに対する「内部発行」について一次資料を発見すると同時に、冷戦期の日本文学による日中、さらに北東アジアの歴史表象と言説の形成の一側面を解明し、さらにその翻訳と流通にまつわる政治的・文化的力学について新たな見解を示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年度は、それまでに入手した資料や、国立国会図書館などから取り寄せた資料を頼りに、ある程度の研究成果を挙げることができたが、日本各地の公共図書館・大学図書館での調査、さらに中国への出張調査が不可能となったため、日本文学をめぐる「内部発行」の全体像を解明するのができなかった。 (1)劇団「はぐるま座」の中国訪問をめぐる経緯をより正確に記述するためには、同時代中国で行われた報道や、上演する際に配布されたパンフレットなどを調査する必要がある。さらに、当時の「はぐるま座」と繋がりのある関係者にインタビューをする予定だが、新型コロナウイルス感染症が収束するまでには、関係者の訪問が難しいと思われる。 (2)三島由紀夫の「内部発行」については、松本清張の『日本改造法案-北一輝の死』と比較しながら、比較的に順調に進めている。その内容を元に書いた論文は、単著『社会派ミステリー・ブーム』という単著に収録する予定だが、単著の刊行が予定より数ヶ月遅れているため、2020年度内に公開できなかった。 (3)夏堀正元『北の墓標』や五味川純平『人間の条件』などの作品に関する「内部発行」は、やはり中国語の資料を網羅的に調査する必要がある。中国に渡航できず、国立国会図書館での資料調査も当分難しいため、今後は研究方法を調整し、既存の歴史研究、冷戦期文学研究の成果を参考にしながら、日本語と中国語のテクストを精読し、なるべくテクストを通じて同時代の言説状況を解明できるようにしたい。 以上の理由で、本課題は予定よりやや遅れている。当初の研究目的を達成するために、2021年度まで延長し、資料の調査と分析を継続する。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度に行った口頭発表を元に論文を執筆し、投稿する。 (1) 「はぐるま座」の中国訪問をより正確に記述するためには、さらなる中国語資料の調査と、関係者へのインタビューが必要である。新型コロナのパンデミックが収束しないうちは、国立国会図書館を通じて中国語の資料を取り寄せ、また関係者に対する電話でのインタビュー、もしくはメールでのお問い合わせを試みる。 (2)三島由紀夫の「内部発行」については、すでに多くの資料を入手したため、1970年前後の日中関係、歴史認識と結びつきながらその「内部発行」の意義を分析する。次に、1980年代以降中国における三島研究と日本文学史の受容との相関性を考察し、中国で書かれ、読まれた「日本文学史」において、三島文学がどのように位置付けられているかを検証する。さらに、日中の三島受容の差異を比較することを通じて、「日本文学史」をめぐる言説生成の力学を明らかにしたい。松本清張の「内部発行」についても同じアプローチを行い、両者の比較と接合をより丁寧に行う。 (3)夏堀正元『北の墓標』に関する「内部発行」について、可能な限り関連資料を調査しながら、より多様な角度でテクストを分析する。延期となった口頭発表「「千島」をめぐる想像と表象-夏堀正元『北の墓標』」(東アジアと同時代日本語文学フォーラム、インドネシア・バリ島ウダヤナ大学、2021年10月16日、17日に開催予定)を遂行すると同時に、「アジアの辺境」をめぐる言説がどのように冷戦期の日本文学、及び中国文学において展開したか、というより広い問題領域を開いていく。
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Causes of Carryover |
2020年度は、日本文学をめぐる「内部発行」の全体像をより正確に提示するために、日本各地の公共図書館・大学図書館での調査や、中国への出張調査を予定していたが、新型コロナウイルス感染症のため、ほとんどの調査が不可能となった。 また、国際研究集会「第八回 東アジアと同時代日本語文学フォーラム」(2020年10月にインドネシア・バリ島ウダヤナ大学で開催する予定だった)にて口頭発表を行う予定だが、この集会も感染症拡大のために、2021年10月16日、17日へ延期することとなった。 以上の理由で、本課題を2021年度まで延長した。今後は資料の調査と分析を継続し、更なる検証を行い、口頭発表を元に論文を完成する。調査を行うための旅費や資料の購入費、さらに口頭発表が可能となった場合の旅費として、一部の予算を次年度に繰り越した。
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Research Products
(2 results)