2018 Fiscal Year Research-status Report
戦後日本の詩的言語における〈近代〉批評の実践に関する文化史的・思想史的研究
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18K12291
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Research Institution | Tsuru University |
Principal Investigator |
田口 麻奈 都留文科大学, 文学部, 講師 (80748707)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 鮎川信夫 / 「橋上の人」 / 詩劇 / T・S・エリオット / トマス・ウルフ / 川上春雄 / アメリカ / 詩における近代主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は、かねて刊行を準備してきた単著『〈空白〉の根底――鮎川信夫と日本戦後詩』(思潮社、2019年2月)を上梓した。本書は、申請者の博士論文(東京大学、2014年)を土台とするものだが、本年度の研究成果を多数盛り込んでいる。とりわけ、書き下ろしの章である「橋上の人」論は、本研究の柱である〈近代〉批評の文脈において鮎川信夫の代表詩篇「橋上の人」(1943~1951)を問い直す試みであり、当時流行したT・S・エリオットの詩劇論や詩の公共性をめぐる議論のなかに同作を位置づける新たな視野を示した。同じく書き下ろしの「補論」の章や、新発見資料である鮎川信夫書簡・十七通の翻刻などとともに、本年度中の研究成果を吸収し、より多くの新知見を成果として本書をまとめることができた。なお「補論」の章で述べたシュルレアリスム絵画と戦後の鮎川の詩業の影響関係については、鮎川における近代主義の選択の一環として位置づける見通しを示している。 また、上記の単著では、従来の研究が伝記的な水準で検証してきた鮎川信夫の父子関係とその詩的表現(たとえば詩篇「父の死」(1954))について、トマス・ウルフの小説「天使よ故郷を見よ」(1929)と、その翻案である川上春雄「長詩・アメリカ」(1954)を重要な参照先として指摘し、典拠研究の歩も進めている。 このように、本年度の研究成果はほぼ上記研究書に収録する形で発表したが、このほか、同書第Ⅱ部第三章(「「荒地」と「囲繞地」)で紹介した詩誌「知覚」や「囲繞地」をめぐっては、関係者への聞き取り調査を継続的に実施しており、向後の研究の拡充に向けて発展的な調査結果を得ている。また、鮎川信夫における父なる存在との葛藤に関して、鮎川の実父・上村藤若の郷里である岐阜県郡上市の関係者各位と協働し、具体的な地域性との関わりから検証する用意も重ねている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
【研究実績の概要】で述べたように、本年度は、多くの新稿や加筆修正を含む形でまとまった単著を上梓しており、当初、本研究の眼目に据えていなかった部分においても新しい見通しを示すことが出来た。また、同書は詩の分野に関しては突出した実績のある出版社から刊行されており、学界に限定されない多くの読者によって議論の秤にかけられ得る。従って、研究の社会還元という点からも望ましい形で成果発表できたと考えている。 一方、本年度に考究する予定だったシュルレアリスム絵画と戦後の「荒地」グループの思想的連続性については、鮎川信夫を中心とした研究書である同書の文脈に沿った記述が優先され、鮎川信夫以外の「荒地」の詩人、ないし同時代の詩人たちの具体的な詩テクストを検証する作業は十全には展開できなかった。これに関しては、まだ文章化できていないまでも、本年度の作業として調査探求は行ってきているので、次年度以降、引き続きの課題としたい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、研究実施計画に照らしてやや遅れている、シュルレアリスム絵画と「荒地」グループとの関わりを検証する作業を優先的に進めるとともに、平成31年度の研究計画に組み込んでいる〈東大詩人サークル〉周辺の調査に着手したい。 ただし本研究は、それらの具体的な課題と並行して、戦後詩の第一次資料の蒐集・整理を旨とする基礎研究の拡充も恒常的な目標としていることから、個別の資料調査の過程で新たに貴重資料が発掘された場合、その整理・保存に関しても注力せざるを得ない。従って、当初の計画の遂行が往々にして遅れがちであり、現時点においても、貴重資料の扱いをめぐって、デジタル化や保存に関わる作業が終わっていない案件がいくつかある。 本研究においては、多くの研究者との共同歩調を前提とした計画を立てていることから、上記の作業の遅れは計画を大きく損ないかねない。予期せず出来した資料整理の重要性をよく勘案し、喫緊の課題に関しては柔軟に対処しながら、それぞれの作業量を調整してゆく必要がある。次年度は、単純な作業に関しては人件費を計上して外注するなどの対策を講じ、停滞している資料整理を完了したいと考えている。
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Causes of Carryover |
年度末に、研究者や詩人、著作権関係者などに対し資料送付を行う予定だったため、まとまった額を残しておいたものの、計算に誤差があり、未使用分が生じた。少額ではあるが、本来通信費に使用する予定だったため、次年度でも通信費として計上したい。
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Research Products
(2 results)