2019 Fiscal Year Research-status Report
明代武官を中心とした社会的異種階層間の文学的交流の研究
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18K12310
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
井口 千雪 九州大学, 人文科学研究院, 講師 (70740695)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 明代の戸籍制度 / 軍戸 / 武官 / 『三国志演義』 / 『水滸傳』 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、明代の武官という階層(コミュニティ)の社会的地位や生活の様相を調査する前段階として、明代社会の全ての階層(皇帝・皇親・宦官・文官・武官・諸生・民・軍・無籍の徒)の社会制度の把握に努めた。参考資料としたのは、主に『明史』・『明實録』・『明会典』といった史料、及び歴史学分野の研究書である。研究成果として、明代の戸籍制度と社会の流動性の図式化、それらが白話小説に表れている実例の調査・整理を行った(来年度に発表予定)。 民衆の中でも、被差別的階層であった「軍士」について、大きく研究が進捗した。明代社会は、特に初期においては、世襲制の戸籍による賦役制が相当に厳密に施行された社会であった。その中でも、特に「軍戸」(徴兵義務あり)は、各戸ごと1、2名の成年男子を遠方の衛所(軍隊)に送り出さねばならなかった。軍に配属された者は、操練への参加、或いは痩せた土地の開墾と納粮の義務を負わされ、農具・牛・装備、国からの支給では間に合わぬ食料などを、自身とその家族で賄うことを余儀なくされた。その生活苦に耐えきれず多くの者が逃亡し、山賊を形成、官豪の徒弟となるといった状況が生じ、或いは納粮できぬ者は各地の豪族に土地を奪われ、その家で差役されるなどした。軍士の逃亡により、軍は弱体化の一途をたどる。『金瓶梅』には無頼者・無籍の徒が多く登場するが、彼らがこのような背景を背負っていることを理解した上で、『金瓶梅』を改めて読み解く必要があると考える。 また、明代嘉靖年間には、不足する軍士の補填、税粮の補填、軍士の生活の保障、軍士を提督すべき武官の取締といった諸問題が、中央政府で盛んに議論され、政争にも発展した。かかる社会背景を元に、『三国志演義』といった軍記物語、『水滸傳』のような落草した武官や民衆の反乱を描く物語が出版され、一部の官僚からも賛辞を得たことに着目し、作品性を再考せねばならない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度の当初の計画では、明末清初の銭謙益の手になる明朝詩人の総集『列朝詩集』や、明人の私刻の詩集・文集といった資料を用いて、武官でありながら詩人であった人物の生平と文学活動を調査し、詩の鑑賞を行って研究成果をまとめる予定であった。しかし、研究を遂行する過程で、まずは従来の研究でほぼ言及されてこなかった、武官の社会的立場や評価を明らかにすること、その前段階として、明代社会全体の各階層(コミュニティ)の社会的なあり方を把握する必要があると考えた。この問題については歴史学の分野でも議論が成熟しておらず、総論的研究もない。故に、2019年度はこの問題解決のため、史料と先行研究の整理に多くの研究時間を費やすことになった。 また、2018年度に中国の浙江・安徽・福建などへの調査旅行が実施できなかったため、2019年度の3月に再度調査旅行の計画を立てていたが、疫病流行で渡航困難のため中止とした。 本来の研究計画からはやや遅れているが、総合的には、新たな視点の発見があり有意義であった。
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Strategy for Future Research Activity |
第一に、2019年度の研究成果である、明代の戸籍制度と社会の流動性の図式化、それらが白話小説に表れている実例とその考察をまとめ、学会で発表、論文として発表を行う。2019年度の研究はやや総論的なものであったため、さらに問題を掘り下げ、各階層(コミュニティ)に焦点を絞りながら、その社会的立場と文学の関わりについて各論を進めていきたい。「軍」については2019年度にほぼ研究が完了したものの、「武官」・「僧」といった階層(コミュニティ)の社会制度については、依然として不明な所が多いため、史料をさらに精査する必要がある。とりわけ僧侶については、中国社会における地位が今ひとつ不明瞭であり、尊敬の対象であったのか、被差別対象であったのか、或いは時代や地域によって異なるのか、定論がない。唐代にはすでに「敦煌変文」という形で、僧と白話文藝の密接な関わりが示されていることからも、僧という社会階層、またかれらと他階層との関わりを改めて考察する必要があると考える。また武官・僧といった人々は、明代小説の中では『金瓶梅』に多く登場するので、その登場の仕方や作中での評価について、研究を進めたい。 第二に、本来は2018年度に遂行予定であった、武官でありながら詩人であった人物の生平と文学活動の研究を進める。これには明末・銭謙益の『列朝詩集』、各地の図書館に保管される明人の詩文集などを用いる。 上記の一、二はともに密接に関連した問題であるので、これらを同時進行で調査していく予定である。 また、中国渡航が可能になり次第、浙江・安徽・福建などへの調査旅行を敢行し、当地の史跡の調査、および図書館に所蔵される武官の詩集・文集や家譜などの調査を行う。
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Causes of Carryover |
2020年3月に中国の福建省と安徽省への調査旅行を予定していたが、疫病流行のため渡航困難となったため中止した。来年度、渡航制限が解除され次第、調査旅行を行う予定である。
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Research Products
(2 results)