Research Abstract |
重度な知的障害をもっA(2009年8月現在26歳)は,2008年度の遠泳で,約400mを何とか継続酌に稼げた。だが,その後半は無理に頑張って泳ごうとするものであったので,遠泳でもっと安定的に継続できる力を培っておくために,息つぎ時の動作を楽に行えるようにすることに主眼をあて,シンクロだけではなく,泳ぎの動作がスムーズに行くための練習も行っていった。その方法として採用したのが,アフォーダンスの原理を導入することを意図して,6月末頃から輪くぐりを行った。ところがそれをくり返すにつれて,輪をくぐって息つぎを行う回数も減り,遠泳を終えてプールで泳いだときは12分間プールの隅のあたりから動かないということすら起こった。概ね,7月21日から「泳いで息つぎをする」ことがなくなり,7月28日からは「顔つけをする回数」がほぼ無に等しいものとなった。 その結果,8月30日から31日にかけて行った遠泳では,海では波が高く泳ぐのが難しい状況という状況変化もさることながら,遠泳の最後になるまで泳がなかった(最後30mほどはみんなの励ましをきっかけに何とか泳ぐに至った)。波については,昨年までも同様に,8月末の海は風が吹き,波立つことが多いにも拘わらず泳げていたことを考えると,2009年での様子は,かつてこの研究に着手するきっかけとなった,2002年から2003年にかけての状態にきわめて類似したものであることがわかる。 彼の泳ぐことに消極的,拒否的である態度は結局その年の12月頃まで続くことになった。年が明けてからは少しずつ泳ぐ兆しも見せ始め,2月にプカプカポールを使って泳ぐ場をセットすると,少しずつ泳ぐようになった。プカプカポールとは180cm×直径7cmのポリエチレン製の柔らかい浮き棒の両サイドを2mの長さの紐でつないだ,呼吸し・潜る・進む空間である。この空間が輪くぐりの輪よりもずっと広い空間である。これにより,彼の気持ちの回復とこれを使うタイミングがちょうどよかったのかもしれない。こうした1年の経過を振り返ってみると, ○知的に重度な障害をもつ人においては,心理的影響など多様な影響が泳ぐ動因に働いていること。 ○いったん泳ぎへの動因を低下させてしまうと,泳ぐ行為を回復するのはきわめて困難であること。 ○しかし,泳ぐ空間を広くした場などの保障により,行為に変化を来す条件を生み出しうること。 ○シンクロにつながる歌遊びでは少しはみんなとともに活動することで幾分行為をすることもあったが,この側面でもきわめて消極的な1年であった。 ○総じて,行動制御をうまく機能させられない重度な障害をもつAにおいては,シンクロ導入だけでは遠泳への効果は期待できず,泳ぐ行為を発揮するかどうかに,彼の情動や生活感情が作用しており,それらの総合的な機能との関係で泳ぐ行動の好不調を成り立たせている。泳ぐ気持ちが回復することと,泳ぐための場や彼のなじみ,得意の動作表現などとの関係を明らかにすることが課題である。
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