2008 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
19500553
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Research Institution | Kobe Shoin Women's University |
Principal Investigator |
和田 浩一 Kobe Shoin Women's University, 文学部, 准教授 (20309438)
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Keywords | オリンピック / 嘉納治五郎 |
Research Abstract |
1.ジャーナリズムにおける用語「オリンピック」の初出は、「運動会」について報じる1887(明治20)年の『読売新聞』の記事であり、文中の古代オリンピックに関する知識はその内容から判断して、体操伝習所卒業生たちの筆による体操書ではなく明治前期の歴史書によるものであることを、原書118冊の内容を整理した上で明らかにした(2008年9月10日、日本体育学会)。 2.IOC会長のクーベルタンが、ロンドン大会(1908年)から第一次世界大戦(1914年)までにIOC委員宛に出した通知文書をIOC史料室で収集し(2009年1月6、7日、ローザンヌ)、嘉納のクーベルタン宛書簡との関係を論文(2009年3月)上で検討した。 3.嘉納治五郎研究で博士号をもつアンドレアス・ニーハウス准教授(ゲント大学)と、嘉納のオリンピズム解釈について議論した(2009年1月8日、パリ)。嘉納はIOC委員受諾直後から、クーベルタンのオリンピズムをオリンピック大会のアジアへの展開という文脈の中で受け止めたと言うよりはむしろ、日本の(ナショナルな)体育を発展させうるインターナショナルな価値観として解釈し、これを利用しようとしたとの有力な仮説を立てることができた。 4.クーベルタンの子孫にあたるマリ=クリスティーヌ・ド・ナヴァセル氏、イヴォン・ド・ナヴァセル氏、およびクーベルタン研究者のジャン・デュリー氏と面会し、クーベルタンと日本・アジアの関係についてインタビューした。現在、フランスで知られているクーベルタンの日本観・アジア観を検討しうる史料は、クーベルタンが招致委員会に宛てた東京大会(1940)の決定を祝福する書簡(1937年)だけであり、他のプライベートな史料等は存在しないとの証言を得た(2009年1月9日、パリ)。
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Research Products
(3 results)