2019 Fiscal Year Annual Research Report
イブン・ハルドゥーン『実例の書』に関する総合的研究
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19J10119
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
荒井 悠太 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | イブン・ハルドゥーン / イスラーム史 / マグリブ史 / 社会思想 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、14世紀の歴史家イブン・ハルドゥーンの史書『実例の書』の包括的な分析を通じ、当該著作の史学史・思想史上の意義を再検討するものである。『実例の書』は、歴史学の方法論を唱道した前書、著者独自の文明論・権力論を提唱した第一巻がしばしば着目され、今日なお一定の影響力を有している反面、後続の巻において展開された歴史叙述に対しては否定的な評価が主流であり、その内容の十分な検討はなされずにきた。また文明論の理解についても、萌芽期の研究中心であった19世紀フランスの植民地主義の影響は指摘されてきた。『実例の書』全体を一つの著作として捉え直すことは、一般化された文明論の原理の根底にある個別的な歴史性を再検証する試みであり、理論面に偏重した今日のイブン・ハルドゥーン理解の刷新につながるものである。 本年度の主な研究内容は以下の通りである。 ①イブン・ハルドゥーンの権力論における部族的紐帯以外の結合の形態がもつ意義について、『実例の書』から具体的事例を引用しつつ検証した。これは、従来部族的紐帯を重視すると見做されてきた彼の権力モデルの別の側面を明らかにしたものである。その成果は英文・和文で論文にまとめた(和文は2020年度学術雑誌掲載予定) ②前年に引き続き、トルコにて写本調査を実施した。『実例の書』諸写本のテクストの異同を系統ごとに比較し、関係付ける作業を行った。またオスマン語訳版の調査を併せて実施した。 ③イブン・ハルドゥーンの権力論における、(部族的)連帯意識と宗教感情の関係の規定について、実際のマグリブ史の記述を基に分析を行った。宗教感情は連帯意識を倍加するものと規定されているが、個別の歴史的次元では正統性や系譜学上の議論が絡みあい、より複雑な適用がなされていることを明らかにした。(2020年度学術雑誌投稿予定)
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画の実施状況は、当初の計画に照らして概ね予定通りに進捗している。文献学的研究の上で不可欠となる写本調査に関しては、トルコ・トプカプ宮殿付属図書館が移管に伴い休止しているが、トプカプ写本を底本としたチュニス版の刊行が確認できたことにより代替が可能である。ただし、COVID-19の流行に伴う世界的な移動制限に伴い、二年目に予定された海外調査の可否は不透明である。 『実例の書』マグリブ史部分の読解・分析に関しては、部族王朝の創設プロセスにおける宗教的宣伝の意義という観点から本年度中に一定の分析を行い、成果を学術雑誌に発表する目算が立った。 また博士論文の執筆に関しては、採用二年目に予定していた「中東・イスラーム研究セミナー」での研究報告を一年目に行ったことにより、博士論文の構想が固まり、執筆に向けて大きく前進したといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度実施予定の研究計画は、以下の内容に大別される。 ①文献学的研究。これまでにも実施してきた『実例の書』写本調査と、写本系統ごとの分析を継続して行う。可能であればモロッコ(ラバト・フェズ)における写本調査を実施し、未調査の写本史料の閲覧および電子データを取得する。各写本系統の特徴把握と関係性の分析を行い、その成果は年度内に学術雑誌上での公開を目指す。 ②歴史学的研究、『実例の書』内容の読解。前年度に執筆した、イブン・ハルドゥーンの権力論における非血縁結合の意義に関する英語論文をアップデートする。また、『実例の書』第三部マグリブ史の読解を通じた部族王朝の創設プロセスにおける宗教的宣伝の機能に関する分析の成果を雑誌論文として公表する。 ③オスマン朝社会へのイブン・ハルドゥーン著作の伝播に関する再検討。2019年にファクシミリ版が刊行された新出史料により、オスマン朝にイブン・ハルドゥーン著作が伝播した年代が大幅に更新される可能性が浮上した。博士論文の範囲外ではあるが、オスマン朝における受容を検討する上で重大な研究状況の変化であることを鑑み、オスマン朝初期の歴史学・政治思想に関する予備調査を行う。可能であればトルコにおいても写本調査を実施し、『実例の書』のオスマン語訳、ほか関連資料を閲覧する機会を設ける。 ④博士論文の執筆。採用二年目に行う予定であった「中東・イスラーム研究セミナー」での博士論文構想発表を一年目に前倒しで行った。当該セミナーで得られた知見とこれまでの成果を併せ、学内での博士論文構想発表会を実施すると共に、博士論文の執筆を進める。
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