2019 Fiscal Year Annual Research Report
人造人間表象の変遷に関する研究:近代以降の科学思想の影響から
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19J14355
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
相馬 尚之 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ハンス・ハインツ・エーヴェルス / 一元論 / 進化論 / 文学と科学 / エルンスト・ヘッケル / リヒャルト・ゼーモン / マグヌス・ヒルシュフェルト |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、1890-1930年代のドイツ語圏の文学作品における「人造人間」表象について、当時の科学の発展を踏まえつつ検討することで、文学と科学の相互作用を明らかにするとともに、生命観に迫ることを目的とする。 20世紀初めには、単為生殖や臓器移植実験が成功し既存の生命観が動揺し、ドイツ圏で科学者たちは専門科学の領分を越えて、「一元論」という独自の世界観を形成した。これらの影響を受けて、作家ハンス・ハインツ・エーヴェルスやテア・フォン・ハルブーらは、人造人間を登場させた作品を生み出し、そのなかで科学を称賛し、また批判した。本研究では、この文学と科学言説の横断性と緊張関係を分析することで、当時の生命に関する思想の展開を明らかにすることを目指している。 2019年度には、日本科学史学会機関紙『科学史研究』に論文「戦間期ウィーンの創造的優生学」が採択された。またBritish Society for Literature and Scienceの年会に参加し、口頭発表「中世日本文学のフランケンシュタイン博士:『長谷雄草紙』について」、および、アジア・ゲルマニスト会議で口頭発表「20世紀初めの人工授精:ハンス・ハインツ・エーヴェルス『アルラウネ』について」を行い、後者については大会論文集に寄稿した。 2019年10月から12月にかけて、ドイツのベルリンおよびデュッセルドルフを中心に現地資料調査を行った。ベルリンではフンボルト大学図書館、デュッセルドルフではハインリッヒ・ハイネ研究所を中心に、手稿や書簡の調査並びに二次文献の収集を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度の研究活動では、近代以降の人造人間表象と科学思想という広大な問題設定に対し、具体的に分析対象とする作品をある程度選択することができた。本研究では、世紀末から世紀転換期のドイツ語圏に時点を指定し、作家ハンス・ハインツ・エーヴェルスを中心に据えた。またこれにより、彼の作品に影響した生物学者として、ジャック・レープとマグヌス・ヒルシュフェルトが浮かび上がり、具体的な論文の展望が拓かれた。 しかし、個別の研究成果の間の連関はいまだ限定的である。個別の論文執筆および学会発表ではある程度の進展がみられたが、今後博士論文の執筆にあたり、全体的な構成を考え直す必要があるだろう。また、既存の研究では軽視されてきた大衆作家を扱う重要性を適切に位置付けるともに、文学と科学の関係という学際的な研究ゆえの方法論の曖昧さを、改善する必要がある。 2019年度には2つの国際学会に参加し、それぞれ英語及びドイツ語で発表を行った。また論文の執筆と投稿も行い、研究成果の発表を進めている。ただし、個々の論文には依然として改善すべき点があり、また全体の研究計画の中でそれらの意義が位置づけられねばならない。今後研究全体の進展と共に、各部を適切に論じ直す必要がある。 2019年10月から約3か月間、ドイツの主にベルリンとデュッセルドルフにおいて現地資料調査を行った。ドイツ人作家の肉筆は判読困難な場合も多々あったが、研究者に求められる資質を身に着けるため、解読に努めていきたい。調査結果に基づき、今後、新たな論文を発表していく予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は人体を物質や化学反応に還元する機械論的見方を中心に検討したが、2020年度は、無機物の側から有機物への発展可能性について検討する。エルンスト・ヘッケルに代表される生物学的一元論のもとでは、有機体が無機物と同様の法則によって説明されるのみならず、その法則の同一性ゆえに、無機物にも有機体と同様の力が認められる。結晶体に見られる成長や記憶のような生命的現象に関し、ヘッケルの『結晶の魂』(1917)とこれに大きく影響を与えたゼーモン『ムネーメ論』(1904)を整理し、一元論的世界観下での無機物からの生命の可能性を整理する。 これらに影響を受けた文学テクストとして、エーヴェルス『蟻』(1925)、リー・トッコ(本名ルートヴィッヒ・デクスハイマー)『オートマタ時代』(1930)、テア・フォン・ハルブー『メトロポリス』(1926)をとりあげる。当時の生物学の動物から人間や社会に向かう越境的傾向と、文学における科学的想像力の動態の交錯から、社会的生物としての人間の位置および無機物から構成された機械が問い直される。生物学を支配した進化論的言説は、なぜ人間社会のみならず、無機物あるいは機械の発展を説明する論理としても援用されることが可能であったのか。機械と有機体の類似に対する行動主義的理解とヘッケル流の一元論の対照性を踏まえつつ、機械的人造人間における生命性について検討したい。 学会は2020年5月に科学史学会に参加し、口頭発表「幻想文学と科学入門書の狭間で:ハンス・ハインツ・エーヴェルス『蟻』について」を行う。6月の独文学会は中止となったため、可能であれば10月に発表を行う。発表した内容に基づき、適宜論文投稿を進める。 ドイツでの現地調査を可能であれば実施する。新型コロナウイルスの影響に伴い渡航が制限されているが、臨機応変に対応する。
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Research Products
(3 results)