2020 Fiscal Year Research-status Report
検閲に抗して:トマス・ハーディ『日陰者ジュード』の創作過程の解明
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19K00391
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
上原 早苗 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (00256025)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | イギリス文学 / 草稿研究 / トマス・ハーディ / 書誌学 / 出版制度 / 検閲 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究者の間には、ハーディがJude the Obscure執筆時に出版社の検閲を受け、性的な挿話・表現の多くを削除・修正せざるをえなかったとの言説が流布しているが、本研究は、この小説の執筆過程を検証することにより、従来の説には解消されえない、出版社への抵抗ともいうべきハーディの改変作業に光を当てることを目指している。 今年度は、Jude the Obscureの原稿271葉から377葉までをマイクロフィルムのかたちで収蔵館のフィッツウィリアム博物館から入手して、日本で解読作業に従事した。目視で解読不可能な箇所は、デジタル画像を注文してパソコン上で拡大化された画像により解読作業を進めた。 Jude the Obscureに施された改変の傾向が、The Mayor of Casterbridgeのものにパターンが類似していることに気づいたことから、The Mayor of Casterbrideの原稿解読もあわせて行い、その成果を、「解釈の補助線――ハーディの自筆原稿を読む」として纏めた(日本英文学会中部支部第72回大会シンポジウム「進行中の作品――文学作品の執筆過程を考える」[ウェブ開催]、2020年10月24日 )。 ハーディの原稿には黒インク、青インク、黒鉛筆、青鉛筆が使用され、筆記具の違いが執筆段階の確定の手がかりとなるが、しかし、経年劣化によるインクの褪色が進んでいるため、マイクロフィルムやデジタル画像では黒インクと黒鉛筆の区別や黒インクと青インクの違いなどが判別しにくい。そのため、ハーディの執筆段階の確定には伝統的な目視調査が欠かせないのだが、コロナ禍により、今年度予定されていた渡英が叶わなかった。 現在は、2019年度、2020年度に解読に成功した箇所をJude the Obscure読解に反映させながら、Jude the Obscure論を執筆中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
1)2020年度は、ハーディの自筆原稿をマイクロフィルムのかたちで収蔵館から入手し、解読作業に従事した。ハーディの原稿は経年劣化が進んでいるため、マイクロフィルムやデジタル画像では解読不可能な箇所が少なからずあったものの、これは想定内の事態である。総じて、マイクロフィルム・デジタル画像を利用した解読作業は当初の計画どおり終了したと言える。 2)しかしながら、執筆段階の確定作業に必須とされる目視調査については、新型コロナウイルスにより渡英が叶わなかったため実現しなかった。そのため、確定作業が進まなかった。 3)原稿の解読作業の最中にハーディの改変の傾向がThe Mayor of Casterbridgeのパターンに類似していることに気づき、The Mayor of Casterbridgeの原稿の解読作業にも従事し、研究成果を「解釈の補助線――ハーディの自筆原稿を読む 」(日本英文学会中部支部第72回大会シンポジウムにて発表)として纏めることができたのは想定外の研究の進展であり、大きな成果であった。
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Strategy for Future Research Activity |
1)ハーディの執筆段階の確定作業を進める。現地での原稿の目視調査が不可欠となるため、渡英の環境が整い次第、収蔵館に赴き、確定作業に従事する。 2)執筆段階の確定作業が終了次第、改変作業のデータに基づき、ハーディの出版社への抵抗の軌跡を明らかにする。 3)研究成果を発信する。当初の計画では、国際ハーディ学会にて成果を発表するつもりであったが、国際ハーディ学会はオンライン大会ではなく物理的対面方式を予定しているとの情報を得ている。今後のコロナ禍の収束状況にもよるが、日本から参加できない可能性があるため、日本ハーディ協会を通して研究成果を発信することも検討している。
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Causes of Carryover |
コロナ禍により、イギリスでの現地調査が実現しなかったが、来年度は渡英の環境が整い次第現地調査を遂行し、研究費を使用する。
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Research Products
(2 results)