2020 Fiscal Year Research-status Report
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19K00393
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
野谷 啓二 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (80164698)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | デイヴィッド・ジョーンズ / イギリスのカトリシズム / ジャック・マリタン |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度はトム・バーンズが中心をなした1920年代から30年代のカトリック知識人のサークル、およびその出版媒体であったSheed & Ward社の貢献という、いわばジョーンズが身を置いた客観状況を明らかにすることを目指した。今年度は彼らの思想的営為の内実に焦点を合わせカトリシズムとモダニズムの結節点を考察した。 ヴィクトリア時代後期のイギリス知識人のリベラルな思想文化的流れを汲み、不可知論者の集団であったブルームズべリー・グループとは対照的にこの集団は、イギリスのカトリック復興の20世紀における担い手であったG.K.チェスタトンやH.べロックの、社会・経済問題を攻撃的に論じる影響から脱し、フランス・ドイツのカトリック思想家との交流から、カトリシズムの美学・哲学を問うようになった。その理念に多大な影響を与えたのはジャック・マリタンであった。特筆すべきは彼の『アートとスコラ哲学』(Art and Scholasticism)であり、これは第一次世界大戦に従軍した後に、カトリシズムに改宗したジョーンズが若き時代に行動を共にしたエリック・ギルらの「ディッチリング共同体」では、第二の聖書として常に読まれ論じられた。 現代と中世を結ぶ新スコラ学の代表であるマリタンは、アリストテレスに依拠しつつ行為(プラクシス)と作ること(ポイエーシス)を分け、前者は道徳、後者は美学によって統御されるとした。これによってアートは道徳的制約から切り離され、没目的性と無償性を本質とする位相に行きつく。Id quod visum placet「ただ見ることで喜びを感じるもの」というトマスによる美の定義に賛同するジョーンズは、アートの原型をカトリック教会の「秘跡」のアナムネーシス〔キリストの贖罪の想起〕とアナセマタ〔捧げもの〕に見出し、芸術と信仰との間にあった緊張を解くことになったのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナウイルスによる感染症の世界的拡大により、海外渡航が不可能となったことから、予定していたロンドンのテートギャラリーならびに英国図書館における調査研究出張ができず、今年度へ延期せざるを得なかった。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度から最終年度までジョーンズの代表作であるIn ParenthesisとThe Anathemataを読み解き、翻訳に着手する。翻訳こそが文学研究の社会貢献と信じるからである。ジョーンズは第一次世界大戦の従軍体験から、T.S.エリオットが「天才の作品」と称賛したIn Parenthesisを書いた。この作品はルパート・ブルックやウィルフレッド・オーエンといった、いわゆる戦争詩人の作品の範疇には入れられない深みがある。ウェールズの歴史、神話が現実の戦争体験と共振しているからである。Thomas Dilworth, Reading David Jones (University of Wales Press, 2008)、Kathleen Henderson Staudt, At the Turn of a Civilization: David Jones and Modern Poetics (The University of Michigan Press, 1994)などの先行研究の助けを借りながら研究を進める。
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Causes of Carryover |
COVID-19感染症の世界的蔓延のため、予定していたロンドンのテートギャラリーおよび英国図書館への海外出張、また東京を中心とする国内出張がまったくできなくなったため、次年度使用額が生じたものである。翌年度は状況が許せば延期となった海外・国内出張の実施、および関係する文献の入手の促進を図る予定である。
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