2019 Fiscal Year Research-status Report
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19K00636
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
佐々木 冠 立命館大学, 言語教育情報研究科, 教授 (80312784)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 形態音韻論 / 日本語方言 / 母音融合 / 最適性理論 / 形容詞 |
Outline of Annual Research Achievements |
この科研の初年度である2019年度は、日本語方言の形態音韻論に関連する現地調査と研究発表の両方を行うことができた。一方、新型コロナウィルス感染拡大の影響で2020年2月以降の調査ができなかった。また、3月に予定していたInternational Symposium on Japanese Studies "Diversity in Japan" (ブカレスト大学)でのラ行五段化に関する発表も取りやめとなった。 現地調査に関しては千葉県南房総市三芳地区で2019年7月と8月と9月に調査を行うことができた。動詞と形容詞で生じる形態音韻論的交替に関するデータを得ることができた。一方、北海道方言に関しては打ち合わせを行うに留まった。 この科研のテーマに関して口頭発表を複数行った。2019年11月16日に名古屋学院大学で開催された日本言語学会第159回大会では「千葉県南房総市三芳方言の形容詞語形変化」と題する口頭発表を行い、形態音韻論における語形間の出力間同一性制約の役割についての分析を示した。また、2020年1月11日に神戸大学で開催されたPAIKでは「千葉県南房総市三芳方言の上昇二重母音」 と題する口頭発表を行い、他の方言と対照するかたちで母音融合のあり方に関する最適性理論に基づく分析を示した。 二つの口頭発表はいずれも母音融合に関するものである。母音融合は日本語方言の動詞や形容詞の形態法で生産的に生じる場合がある現象である。2019年度の研究は本研究が進める日本語方言の形態音韻論的交替の類型化を進める上での第一歩となった。研究計画の端緒を切り開くことはできたものの、年度末の2ヶ月を調査に使うことができなかったため、データ収集は十分行えたとはいいがたい。 変格活用動詞における語幹の水平化を扱った論文が2020年中に刊行される予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度は日本語方言の形態音韻論の中でも母音融合に関する分析を前進させることができた。2019年7月と8月と9月に千葉県南房総市三芳地区で現地調査を行い、データを集め、その研究成果を口頭発表で公にした。 口頭発表は2回行った。日本言語学会第159回大会における「千葉県南房総市三芳方言の形容詞語形変化」と題する口頭発表とPAIKにおける「千葉県南房総市三芳方言の上昇二重母音」 と題する口頭発表である。前者では南房総市三芳地区の方言における3種類の母音融合の分析である。この地域の方言は形態素内部と形態素境界の両方で母音融合が生じる。形態素内部での母音融合には例外があるが、形態素境界では母音融合が生産的である。形態素境界で母音有業が生じるのは形容詞とりわけ非過去形とそれに関連する語形と標準語の動詞でイ音便が生じる環境である。前者の発表ではこのうち形容詞に焦点を当て、3つの母音融合の背後にある制約を明らかにするとともに、それが他の語形に転送されるあり方を活用単一性制約(Paradigm Uniformity)を用いて分析した。後者の発表では、入力の/ai/に対応する出力の方言間の違いを制約の入れ替えによって説明することを試みた。本研究計画における日本語方言の形態音韻論的交代現象の変数化の第一歩である。 新型コロナウィルス感染拡大により2020年2月と3月に予定していた調査ができなかったため、音便現象全般にまで研究対象を拡大することができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は現地調査を進めることが困難な年度になることが予想される。新型コロナウィルス感染拡大が止まらず、4月16日の報道では政府は緊急事態宣言を全都道府県に拡大する見込みであるという。この状況下で現地調査を行うことは、調査被害を起こしかねないので新型コロナウィルス感染拡大が収まるまで調査を控える必要がある。2020年度の前半はこの状態が続くものと思われるし、2020年度の後半も現地調査ができるだけの状況になるか不明である。 そこで、2020年度は先行研究の把握とともに調査票の改善に努めたい。日本各地の方言は様々な枠組みでなされている。国語学や学校文法の枠組みで記述されている場合もあれば、構造主義の枠組みで記述されているものもある。同じ方言の同じ語形でも形態素分割のあり方が枠組みによって変わってくることもある。そして、ときには活用表から実際の語形が読み取りにくい場合もある。枠組みも質も多様である先行研究から実際の語形を読み取り、そこに存在すると見られる形態音韻論的交替をデータベース化する。また、これまでは形態音韻論的交替が生じやすい語形を調査票に含めるようにしてきたが、今後はそれだけでなく形態音韻論的交替が生じないことが予想される語形も調べるようにしたい。例えば母音融合が生産的な方言では形容詞のほとんどの語形で母音融合が生じるが、「~すぎる」のような語形では母音融合が生じないことが期待される。こうした語形は語幹の基底形を知る上で重要なので、このような形態音韻論的交替が不活性化する語形も含めるかたちで調査票を改訂していきたい。 また、検索可能なデータベース構築の基礎作りを進めたい。これらの活動の推進により新型コロナウィルス感染拡大が終息したあとの調査をより効率的なものにしたい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた最大の理由は2019年度の最後の2ヶ月すなわち2020年2月と3月に予定していた調査および国際学会での発表が新型コロナウィルス感染拡大により取りやめになったことである。夏期休暇中およびその前後は現地調査も行うことができたし、学会発表のための分析にも時間を使うことができた。しかしながら、2020年が開けてから生じた新型コロナウィルス感染拡大により調査が実施困難になった。 この研究計画で調査に協力して下さる方の多くは高齢者である。これは伝統方言を研究対象としていることによる。当初、新型コロナウィルスの感染で高齢者が重篤化と言われていた。調査者が媒介となって感染が生じた場合、調査協力者に取り返しのつかない被害を及ぼす可能性があったため、年度末2ヶ月の調査を全て取りやめた。また、3月に予定していた国際学会での発表は、事態の深刻化を考慮して、主催者と相談の上、取りやめた。なお、取りやめの直後に学会そのものが中止になった。 2020年度に使用することになった予算については、所属研究機関にない先行研究の入手とデータベース化に使うことにしたい。
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Research Products
(2 results)