2020 Fiscal Year Research-status Report
室町・戦国期史料の理解深化に資する小早川氏一族の画像賛に関する研究
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19K00973
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
斎藤 夏来 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (20456627)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 五山文学 / 小早川隆景 / 玉仲宗琇 / 毛利元就 / 張良 / 毛利輝元 / 三子教訓 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、日本中世史研究にかかわる文献史学の立場から、画像賛を含む五山文学の資料的価値を明らかにすることをめざしている。その核心をなす学術的「問い」は、中世禅宗を担った五山僧の営みである五山文学には、創作に属する「作品」としての側面もある一方で、歴史的な諸事実を反映する「史料」としての側面もあり、今後の日本中世史研究の視野を格段に広げ深める可能性が秘められているのではないか、という点にある。とくに、人物画像の上部に書き込まれた賛文には、日本史研究の主な分析対象となっている古文書や古記録には決して現れないような、五山僧の助けを得て表明された当事者の主観に属するいわば機密的な内容が含まれている、という感触を得ており、その具体的な実証こそ、本研究の主目的である。 本研究では、具体的な素材として、小早川氏一族の画像賛群をとりあげている。その主な理由は、いわゆる戦国大名家伝来文書のなかでも随一の質量を誇る毛利・吉川・小早川家文書との対照が可能であること、中世以来の当主画像賛の原本が比較的豊富に残り、その変遷を追いやすいこと、にある。 本年度は、初年度に入手、精読した先行研究により提示されてきた理解や史料を整理し直し、そのなかに、研究対象である小早川隆景寿像賛を位置付ける論考の執筆を進めた。具体的には、対豊臣政権との関係に規定された毛利氏の権力構造について、一般的な文書・記録類ではあきらかにしがたい画像賛ならではの視角をもって、新たな理解を付け加えることができた。すなわち、著名な毛利元就の三子教訓の限界を明らかにしたのが、大徳寺玉仲宗琇執筆の隆景寿像賛であり、その中核には、元就が信奉した張良の解釈をめぐる転換があった、という理解を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今後公刊の論考にも掲載するが、小早川隆景寿像賛の読み下し、注釈を完成させた。字数制限により本文のみ、注は一部、JIS第1水準第2水準にない文字は【カナ】で代用する。 黄梅院殿筑州都督小早川拾遺泰雲閑公大居士は、中國数州の巨擘たる者也。武を以て国を制治し、文を以て民を撫育す。五常其の中に在り。洛に入るや、遑日愚の陋室に控え、此の事を咨詢す。忽然として猛省し、而して生死を决擇す。庫司を建立し、銀百鎰の荘を寄せ、師檀の縁を結び、弥勒の下生に至らんとす。盖し清朝の楊次公、季世の佛牙郎の如くに相似る。豫じめ吾が壽像を絵し、讃語を愚に需む。固辞するを得ず。厥の請に應じ、書して云わく。/中國を将い一家の棊を紀立し、九刕の外更に九刕有り。参禅して黒漆桶を打破し、三界の中是三界を出る。投機して鉄【シツ】藜に觸着し、王常侍の勘弁を得たりと将謂う。乃ち是れ【ホウ】居士の機宜を具う。日用に金扇を拈【テツ】し、依りて捷径の世事を放下す。太平に宝剱を按置し、上古の風規を把定せんと要す。魁悟奇偉、張良の女子為るが如し。智畧妙用、斉の太公の帝師と成る。博多の湊泊官府を治め、外に屈強の勇を発す。榑桒最初の禅窟に入りて、内に博愛の慈有り。機輪なること、蜀の孔明の三顧を婢視す。快活なること、漢の陳平の六竒を奴呼す。三善を三玄に作し、端的に絶勝する乎、周の情、孔の意。五常を五位に為し、直下に川増する(乎)、堯の肩、舜の咨。白雲、端上人の夜話更に諳んずる所。黄梅、楊次公の檀度又茲に在り。綿々たる子葉兮、属々たる孫枝兮。薈兮蔚兮。春風桃李。一以て之を貫く。【クワ】。/(注)○清朝楊次公、季世佛牙郎の如くに相似る・・『虚堂和尚語録』巻九「清朝楊依講、季世佛牙郎」による。○王常侍の勘弁を得たりと将謂う・・『臨済録』「勘弁」による。○端上人・・『宋詩選』「孤山寺端上人房写望」によるか。○【クワ】・・力を出す声。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウィルス感染症拡大のため、未刊史料の調査を十分におこなうことができなかったところがある。そのため、ひとまず著書・論文など刊行物に依拠して、上記寿像賛と関連史料との連動関係を分析した論考を執筆した。原稿の分量が多くなったため、比較的多分量の原稿をうけいれてくれる学会誌に投稿したが、具体的な問題点の指摘とともにいったん却下扱いとなり、修正、再投稿して、現在にいたっている。最終的に学会誌査読者には理解してもらえなかった場合でも、公的な研究費の助成を得て公表するに値する十分な成果は得られたと考えているので、最終年度である今年度は、感染状況もにらみながら未刊史料の補充調査を試み、必要に応じ論考の分量を縮減して職場の紀要の制限枚数にあわせるなど、なんらかの形で成果を公開する作業をおこなう予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナ感染症拡大のため、調査旅行、学界発表などの経費を予定通り執行できなかった。翌年度も感染症の状況が改善しない場合には、本研究の特徴である画像データの保管などに活用できる機器類の補充にあてることを考えている。
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