2020 Fiscal Year Research-status Report
文化財染織品の劣化状態の指標化と劣化メカニズムに関する研究
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19K01129
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Research Institution | Saga University of Arts |
Principal Investigator |
佐々木 良子 嵯峨美術大学, 芸術学部, 講師 (00423062)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
佐々木 健 京都工芸繊維大学, 分子化学系, 准教授 (20205842)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 材質分析 / 色材 / 劣化 / 指標化 / HPLC |
Outline of Annual Research Achievements |
文化財染織品には種々の染料が用いられ,その解析には文化財保護の観点から一般に非破壊分析が求められる。しかしながら,文化財の価値を損なわない微量の試料採取による破壊分析が近年の機器分析の進展により選択できるようになっており,非破壊分析では得ることのできない多様な情報が得られる場合がある。 例えば,ベルベリンを主成分とする黄色染料が用いられた染織品の場合,非破壊分析を用いるとベルベリン特有の可視分光スペクトル及び蛍光スペクトルが得られ,プロトベルベリン含有植物を用いた染色がなされたことが分かる。これを破壊分析に供することにより,植物種の特定,さらに黄檗の場合には主成分であるベルベリンに対する副成分のパルマチンとヤトロリジンの成分比により産地の特定ができることを申請者らは明らかにしてきた。 さらに申請者らは黄檗の主成分であるベルベリンを由来とする劣化生成物に着目し,HPLCを用いて絹染織品の経年や保存状況に由来する黄檗の劣化状況を数値化することを試みてきた。次いで黄檗に含まれるベルべリンの蛍光性を利用して,非破壊的に蛍光寿命を測定し,ベルベリン分子の周辺環境を測定したところ,経年等で劣化した絹染織品に用いられたベルベリンの蛍光寿命が短くなることをから,ベルベリンの劣化生成物の生成量と蛍光寿命が劣化の指標化に用いることができるのではないかと提案した。 黄檗は絹に対する染織だけでなく,黄檗経に代表されるように紙にも塗布されて用いられてきた。これまで可視光を用いた強制劣化試験を黄檗染絹及び黄檗染紙に対して行い,ベルベリンを用いた指標化についての評価を報告してきた。本年度は熱を用いた強制劣化試験を行ったのでその結果を報告する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
これまで申請者らは東アジア特有の黄色染料である黄檗に着目し,文化財染織品に含まれる黄檗由来成分を抽出しHPLC及びLCMSを用いた破壊分析により,劣化生成物を見出した。さらに非破壊分析である蛍光寿命測定と併用して劣化の指標化とすることを試みてきた。本研究は,この黄檗による劣化のメカニズムをさらに追及するとともに,染織品だけでなく,紙本に用いられた染料についても,この劣化のメカニズムが有効に働くのかに焦点をあてた。絹及び紙に染められた種々の染料について種々の強制劣化を行い,その挙動を文化財資料と比較することにより,その劣化メカニズムを再現することを目標とするものである。 本年度は,特に文化財資料の熱の影響に注目して,80℃から140℃において光を遮断して,染織後水洗した黄檗染紙及び水洗していない黄檗染紙に対して強制劣化試験を32日間行った。水洗していない黄檗染紙の過熱劣化促進試料をHPLCに供したところ,夾雑物が多く結果の解析には至らなかった。水洗した黄檗染紙の過熱劣化促進試料と文化財染織品のHPLCを比較すると,120℃までの過熱劣化生成物が観察できた。しかし,観察されたベルベリン劣化生成物X1,X2の比が強制熱劣化紙と文化財資料(絹)では異なっていた。一方,黄檗染絹を同様の加熱促進実験に供したところ,殆ど劣化生成物のピークが観察できなかった。昨年度報告した基底材を絹と紙の両方で可視光を用いた促進劣化実験結果でも,基底材の影響がみられ,劣化のメカニズムを考えるうえで,基底材の影響が大きいことが示された。 本年度は実験の拠点である京都工芸繊維大学のコロナ対策として三密を避けるため研究室への入室制限,実験室への入室制限等の対策が取られた。さらに,夏には大学への爆破予告が複数回行われ,大学への立ち入り制限がなされ,強制劣化実験の中止に追い込まれ,これ以上の実験及び解析は行えなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は非破壊分析手法として導入した蛍光寿命の測定を利用して,蛍光性有機物の同定と材料の経年と劣化に関する定量的評価法としての可能性を検討し,更に強制劣化資料を用いた測定より劣化の指標化を目指すものである。 東アジア特有の黄色染料である黄檗に注目し,黄檗による劣化のメカニズムをさらに追及するとともに,他の蛍光性染料についても,黄檗と同様の劣化の指標を試みる。更に,絹染織品だけでなく,紙本に用いられた染料についても,この劣化のメカニズムが有効に働くのかを考える。次いで絹及び紙に染められた種々の染料について種々の強制劣化を行い,その挙動を文化財資料と比較することにより,その劣化メカニズムを再現することを目標とする。 非破壊分析手法として導入した蛍光寿命の測定を利用して,蛍光性有機物の同定と材料の経年と劣化に関する定量的評価法としての可能性を,更に強制劣化資料を用いた測定より劣化の指標化を目指す。主要な目的は以下の三点である。まず,これまでも指標として用いてきた黄檗を用いて促進劣化させた材料のHPLCによる劣化生成物量と蛍光寿命測定による劣化環境との相関の解明を目指す。次いで有機質文化財資料(繊維素材,漆,染色紙)の時間分解蛍光スペクトルの測定条件の確立し,基底材の違いによる分析結果の違いを考察する。さらに文化財資料の劣化状態および修復材料の定量的評価法として寿命測定の有効性の確立を目指す。 これまでの研究で,染色された絹布上での蛍光性色素間の相互作用から染料に含まれる色素分子の距離を明らかにすることができたので,強制劣化試料を作成してその蛍光挙動の解析及びHPLCによる分析を通して,劣化の指標化を図ることも視野に入れている。
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Causes of Carryover |
本年は,これまでの研究成果に基づいて,基底材に注目して研究を行った。本研究で指標化の手がかりとして用いている黄檗は,黄色染料として古来より絹や麻の様な布を染めるだけでなく,成分の薬効を期待して紙に塗布されてき,特に経典に用いられた場合,黄檗経と呼ばれている。 本年度はこれまで蓄積してきたHPLCのデータと,組み合わせて,黄檗染絹と黄檗染紙分析を行った。黄檗染紙は,ご厚意による提供を受けた物であり,消耗品等はこれまで購入したものを使用したため,次年度使用額が生じた。 さらにコロナ禍において学会活動がリモートや紙上でしか行えず,調査にもうかがえない状況が続いている。そのため旅費において大きな次年度以降への使用額が生じた。次年度以降も,国内外での学会での活動を予定している。次年度は,通常の試薬や器具の消耗品の他に,窒素レーザを用いる為の消耗品費用,強制劣化試験機関連費用,国内外での学会への参加費と旅費を計画している。
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Remarks |
佐々木良子,仲政明 「昭憲皇太后大礼服に用いられた金属装飾物の化学分析」 中世日本研究所 昭憲皇太后大礼服研究修復復元プロジェクト
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Research Products
(8 results)