2021 Fiscal Year Research-status Report
博物館資料に基づく東京湾産十脚甲殻類相の推移と環境変遷
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19K01146
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Research Institution | Natural History Museum and Institute, Chiba |
Principal Investigator |
奥野 淳兒 千葉県立中央博物館, その他部局等, 研究員(移行) (60280749)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 東京湾 / 自然史資料 / 変遷 / 絶滅 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は千葉県において、良好な自然環境下と小規模開発によってやや環境が変化した状態を比較しながら、アカテガニ、ベンケイガニ、およびクロベンケイガニの3種について、生息状態を調査した。これら3種は自然状態の良い河口干潟の後背湿地などで同所的に見られる。しかし、コンクリート三面護岸化され、人工的な手が加わった河川流域では、3種は同所的に見られなくなる。クロベンケイガニでは、泥の堆積した感潮域に形成された小規模なアシの群落があれば、塩分濃度の低い上流部でも個体群は維持される。ベンケイガニではクロベンケイガニほど上流域には進出せず、感潮域下流部で人工物の隙間などで僅かに見られる程度になる。アカテガニでは護岸された河川ではほとんど見られなくなり、近隣の緑地を利用して巣穴を形成する。さらに周囲の開発が進んだ現在の横浜都市部を比較すると、クロベンケイガニは小規模なアシの群落で個体群を維持するが、ベンケイガニは同様の環境で稀に観察されるにすぎず、明治・大正時代には記録されていたアカテガニは見られなかった。これは、高度経済成長期に河川の周辺に舗装された大型道路が整備され車量が増えたことにより、アカテガニが放仔のために緑地と河川感潮域の間を往来することが困難になり、地域個体群の絶滅が起ったものと考えられる。つまり、都市化に伴う自然環境の悪化が生じると、これら3種ではアカテガニ、ベンケイガニ、クロベンケイガニの順で地域個体群の減少や絶滅が生じるという仮説を導くことができた。 また、都市化された横浜市内でサワガニが生息する場所の継続調査を行い、西区内で新たに1ヶ所生息地を確認した。 博物館企画展示「マリンサイエンスギャラリー千葉県エビ・カニ大集合!」において成果の還元を行った。展示資料には可能な限り本研究で採集した新鮮個体を剥製にして展示した。さらに、附帯事業として座学の講座を開催した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
新型コロナウイルス感染拡大のため、海外出張が予定通りに行われなかったため、明治から大正時代にかけて横浜で採集された種のインベントリーの作成は、2019年のミュンヘン動物学収集博物館およびロンドン自然史博物館における実際の標本調査を除き、それらを記録した文献や博物館のアーカイブからしか構築できなかった。しかし、アカテガニ、ベンケイガニ、クロベンケイガニの3種については実際の標本調査により当時の同定に誤りは見られなかったため、文献上の記録も正しいものと判断して考察を行った。ウイーン自然史博物館やベルリン自然史博物館の学芸員によって示された所蔵標本目録には、従来の論文等で記録されていない Haberer によって採集された横浜産の種が見られた。環境の変遷を議論するためには、それぞれのハビタットを好む種が多いほど詳細な議論ができる。従って、これらの博物館における標本調査が必要不可欠だが、未だに実施できていない。
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Strategy for Future Research Activity |
自然史博物館の所蔵する標本群は、新種記載のタイプ標本など論文等の証拠標本や稀種の標本によって構成されていると考えられがちである。しかし、自然史博物館の社会的役割を考慮すると、狭い国土の割に人口の多い日本では、開発によって変化せざるを得ない自然環境の変遷を理解する上で、ごく普通に見られる種類の標本を各年代別に集めておくことこそが必要である。残念ながら、日本では自然史博物館の標本に対するこの考え方が根付いていない。そのため本研究では、海外の自然史博物館に保管されている明治から大正期の横浜産標本に基づき、環境の変遷や動物相の持続可能な開発を検討しようと試みた。横浜という地域では幕末の開港当初から周辺の動植物資料が収集され、各国の自然史博物館に持ち帰られていた。そのため、高度経済成長期をはさんだ日本の自然環境の変遷を検討するにあたり、横浜は極めて重要な地域である。 ミュンヘン動物学収集博物館にける調査によって、標本の一部が戦争によって紛失したことが明らかになった。従って、実際にこれらの標本にアクセスし、その現存の状況を明らかにするためのインベントリー作りが必要である。このような戦前の横浜産標本を所蔵する博物館は欧米に多い。これらの標本の継続調査が望まれる。 自然史からみた横浜はこのように重要な場所であるため、この地域における資料の収集は本研究が終了したのちも継続されるべきである。本研究では甲殻類だけを対象としたが、別の分類群でも資料の収集は必要不可欠と思われる。このような必要性を鑑み、「横浜市立自然史博物館」を設置すべきであることを提言する。横浜には開港以降の歴史を知ることができる人文系博物館が存在するが、海外との交流によって構築された生物相に関する研究を過去から未来へ引き渡すための博物館の存在は大きな社会的役割を担い、その重要性を広く周知できる場となると考えられる。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大のため見送っていたウィーン自然史博物館への出張旅費として執行する。同館には従来の論文等で報告されていない明治時代の横浜で採集された甲殻類標本が現存しているため、環境の変遷を検証するにあたり、標本調査が必要不可欠である。また、年度末に発注しようとした物品についても新型コロナウイルス感染予防のため納期の確定が不可能だったため、次年度に繰り越して執行することとした。
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Remarks |
本研究の成果を博物館の企画展示および座学を通じて広く還元した。その中で、絶滅を危惧されているアカテガニとベンケイガニが千葉県の一部の海岸域では良好な状態で個体数を保っている一方、都市部で激減していることをその要因とともに紹介した。また、明治から大正にかけて東京湾奥部で採集され、ヨーロッパの博物館に保管されているクルマエビ類の標本写真を示し、かつてはこれらのエビが豊富な水域であったことを示した。
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Research Products
(2 results)