2019 Fiscal Year Research-status Report
The drug policy of Nazi Germany and "Greater East Asia Co-Prosperity Sphere"
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19K01502
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
熊野 直樹 九州大学, 法学研究院, 教授 (50264007)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ナチス・ドイツ / 「大東亜共栄圏」 / 阿片 / 馬来 / 蘭印 / 錫 / 日本軍政 / 「満洲国」 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度において実施した研究の成果として、ナチス・ドイツが「満洲国」から輸入した阿片、いわゆるナチ阿片と「大東亜共栄圏」との関係について、従来殆ど利用されてこなかった史料に基づいて実証的に明らかにした点を挙げることができる。 第二次世界大戦中において「満洲国」から輸入されたナチ阿片は、直接ドイツへ向けて輸送されただけでなく、日本軍政下の馬来や蘭印を始めとした南方占領地に輸出されていた。しかもドイツは、当地から錫、ゴム、タングステンといった重要な戦時物資を輸入していた。1943年10月と11月の2ヵ月間だけでドイツは馬来軍政から約4,644トンもの錫を輸入していた。これは当時のドイツの錫需要量の7ヵ月分に相当する。錫やタングステンを始め重要な戦時物資をドイツは日本の南方占領地軍政から直接輸入していたのである。その際、ナチ阿片が決済として利用されていた可能性は否定できないが、これらの解明については今後の課題である。 日本軍政下の南方占領地は旧宗主国の阿片専売制を踏襲していた。軍政下の南方占領地の歳入に占める阿片収入の貢献率は高かった。日米英蘭戦勃発によって印度阿片やイラン阿片の輸入が杜絶し、「大東亜共栄圏」内で阿片が不足したが、主に蒙疆阿片が供給された。南方占領地に輸出された阿片は、阿片不足に悩む日本の軍政の阿片専売収入に少なからず寄与したと考えられる。しかも大戦末期のナチ阿片は、ドイツ滞貨として日本に引き渡されていた。このように「満洲国」から輸入されたナチ阿片の一部は、日本軍政下の南方占領地に輸出され、大戦末期にはドイツ滞貨として日本にも引き渡されていた。 このように、ナチ阿片は「大東亜共栄圏」内で大戦終結まで「満洲国」、ナチス・ドイツ、日本軍政下の南方占領地、日本の間で活発に取引されていたのであった。以上が、今年度の研究実績の概要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
そもそもナチス・ドイツが「満洲国」から輸入した阿片は、「昭南」(シンガポール)を経由して、直接ドイツ本土へ輸送されていたという史実は、これまでの研究を通じて明らかにしてきた。しかしながら、そのナチ阿片が、日本の南方占領地域を始めとした「大東亜共栄圏」でどのように利用されてきたのかは、これまで実証的に解明されてはこなかった。これを解明することが、本研究の主要な課題であった。 2019年度は、日本の馬来軍監部の史料調査・分析から、馬来・蘭印における日本軍政下の阿片専売制の実態を明らかにするとともに、ナチス・ドイツとの交易の実態を示す史料をも発見することができた。その結果、ナチ阿片が「大東亜共栄圏」における南方占領地域に輸出されていた事実が明らかになり、さらに同地域から錫やタングステンを始めとした戦時重要物資をドイツが輸入していた事実もまた明らかになった。これらは「大東亜共栄圏」におけるナチ阿片の実態の一部を明らかにするものであり、しかもそれらを一次史料によって裏づけることができた。この点は、本研究課題及び研究計画の遂行にとってとても重要な貢献であった。 以上から、現在までの研究の進捗状況は、(2)の「おおむね順調に進展している」という評価に至った。
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Strategy for Future Research Activity |
上記のように、今年度の研究は「おおむね順調に進展している」という評価に至ったが、新たな課題もまた生じた。 今後の研究の推進方策は、上記の課題を踏まえて、ナチス・ドイツが馬来や蘭印を始めとした南方占領地を中心とした「大東亜共栄圏」において阿片と錫、ゴム、タングステンといった戦時重要物資をバーター取引していたという証拠史料を発掘することにある。また他の地域、例えば仏印、タイなどではナチス・ドイツは実際にバーターを行っていた史料を発掘しているが、馬来や蘭印においてバーター取引していた史料は未だ見出していない。ドイツ側の史料と並んで日本側の史料の発掘が今後の課題である。 これまで主に阿片やコカといった麻薬に着目していたが、実はナチス・ドイツは、覚せい剤の原料である麻黄をも内モンゴルを中心とした東アジアから日本を仲介して輸入していた。今後は、この麻黄をめぐるナチス・ドイツと「大東亜共栄圏」との関係をも検討していく予定である。 これらの麻薬は、ナチス・ドイツにおいてさまざまな用途に使用されていた。そこで戦時中におけるナチス・ドイツの麻薬政策の内実についても検討する予定である。その際、とりわけナチス・ドイツは、モルヒネを障害者に対するいわゆる「安楽死」殺人として利用しており、モルヒネと「安楽死」殺人との関係についても考察していく。さらには、そのモルヒネの原料である阿片がどこから輸入されたのかも引き続き追跡していく予定である。 以上が、今後の推進方策である。
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Causes of Carryover |
当初の予定では、海外において資料収集を行う予定であったが、その時期に急病を患い緊急に手術を行い、入院することになった。そのため、海外出張ができなくなってしまった。しかも退院後も体調が快復するまでに長期の日程を要したため、国内の出張も行うことができなかった。また、2019年度は確かに数回出張を行ったものの、もう一つ別の科研費の旅費から支出したため、結局2019年度は予定していた旅費を使うことができなかった。以上が次年度使用額が生じた主たる理由である。 2020年度は国内外において資料調査・収集を行う予定である。特に国立国会図書館や国立公文書館において当該関係資料の調査・収集を積極的に行いたいと考えている。また、2020年度は当該研究テーマと直接関係のある欧亜関係史研究会において研究報告を予定しており、その際の旅費として使用する予定である。また2020年9月には神戸で開催されるドイツ現代史学会のシンポジウムにおいて、コメンテーターとして参加予定であり、そのための旅費としても使用する予定である。
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