2022 Fiscal Year Annual Research Report
The drug policy of Nazi Germany and "Greater East Asia Co-Prosperity Sphere"
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19K01502
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
熊野 直樹 九州大学, 法学研究院, 教授 (50264007)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ナチス・ドイツ / 麻薬政策 / 「大東亜共栄圏」 / 「満洲国」 / 阿片 / コカ / ペルビチン / 麻黄 |
Outline of Annual Research Achievements |
最終年度に実施した研究成果は、第二次世界大戦期のペルビチン(覚醒剤)と独日関係を実証的に明らかにしたことである。 日本で明治期に発見されたエフェドリンとメタンフェタミンがドイツのペルビチン開発の重要なきっかけとなった。ペルビチンは、独日において戦時中兵士によって使用されていた。その用途は、睡眠抑制、疲労快復、夜間視力増強など戦時における兵士の業績能力の向上が目的であった。ただ、ペルビチンはドイツにおいては使用目的が兵士の業績能力の向上に限られ、阿片ほどの用途の多様性も広がりもなく、独亜間では決済や外貨代りの手段としては使用されなかった。 そもそもドイツは内モンゴルからペルビチンの原料である麻黄を輸入していたが、日中戦争勃発後も輸入していた。その際、ドイツは日本に貨車の斡旋を依頼していたが、日本は輸出奨励のため尽力した。内モンゴルには当時多数のドイツ企業が進出し、ドイツ貿易聯盟なるものを組織していた。逆にドイツは日中戦争前までペルビチンの原料でもある「合成エフェドリン」を日本に輸出していたが、大戦中にはその輸入が杜絶した。そのためエフェドリンの製造工場が内モンゴルに日本の製薬会社によって設立された。その際、「第三国」へのエフェドリンの輸出も計画されていた。内モンゴルは独日にとってペルビチンの原料である麻黄とエフェドリンの取引と生産の拠点であったことが判明した。 研究期間全体を通じて第二次世界大戦中、ドイツは「大東亜共栄圏」と麻薬取引を通じて密接な関係があったことが実証された。そもそも阿片は「大東亜共栄圏」において決済や外貨代りの手段としても使用されていた。また「満洲国」でドイツが輸入した阿片の一部は南方占領地に再輸出され、そこから錫やゴム等の輸入がなされていた。その一方で、コカや麻黄は決済や外貨代りとしては使用されておらず、麻薬のなかでの阿片の歴史的な特徴が明らかになった。
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