2020 Fiscal Year Research-status Report
送粉共生系における毒性花蜜の進化生態学的意義を探る
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19K06854
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
井田 崇 奈良女子大学, 自然科学系, 准教授 (00584260)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
高梨 功次郎 信州大学, 学術研究院理学系, 准教授 (10632119)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 毒性花粉 / 毒性花蜜 / アルカロイド / 遺伝構造 / 空間構造 / 送粉者 / 植食者 / 送粉効率 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,研究対象種であるカワチブシ(トリカブト属)の1.アコニチンなどのアルカロイドの個体内・間の分布パターン2.植物の形質が送粉者行動に与える影響3.植物の形質が植食者行動に与える影響,を中心に研究した.また,データ解析を行い,一部は国際誌に公表済み,残りは投稿準備中である. 調査個体群内の500ラメット弱の遺伝情報について,MIG-seqを用いた解析を行った.集団内における,SNPの変異によりラメット間のペアワイズの遺伝距離の頻度分布は一山分布を示し,ジェノタイプごとの違いは検出されなかった.また,遺伝距離と空間距離には弱い空間相関がみられた.予想に反し,集団内の多くのラメット間で高い頻度で交配が行われており,クローンではなく種子による実生の供給が高いことが示唆された.また,近隣ラメットは親子あるいは兄弟ラメットであると示唆される.このような遺伝構造がある一方,近隣個体ほどアルカロイド量が似ているなどの相関関係はなく,局所的な資源環境がアルカロイド量や成長量を制限していることが示唆された.また,本年度は花粉そのもののアルカロイドを定量した.アルカロイドは花蜜にはごく少量,花粉には葉などの器官と同程度含まれていた. こうしたアルカロイド分布が送粉者や植食者の行動へ与える影響を評価した.観察では代表的な送粉者であるマルハナバチは無毒な花蜜のみを採餌していた.しかし,マルハナバチの花粉団子のアルカロイドを定量すると,カワチブシ花粉と同程度のアルカロイドが検出されたことから,ハチは毒性花粉も採餌していることが明らかになった.植物への訪問頻度,訪問後の採餌行動にも,アルカロイド量に応じた違いが見られなかったため,瞬時の送粉行動には大きな影響を与えていないことが示唆された.一方,植食者は毒性花粉を忌避しており,特に空間的に高いアルカロイドを示すパッチでの植食者回避には貢献していた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナ禍の影響により年度始めは,デスクワークもままならない状況であったが,その後,変化する状況に応じて対応できた.野外調査は夏季(8-10月)に行ったが,やはりコロナ禍により調査地へのアクセスが制限されるなどにより予定されていた調査を全てすることはできなかった.しかし,核となる調査結果や遺伝分析などは順調に進捗したため,次年度に繰り越す課題はあるものの,全体としては概ね順調である. MIG-seqによる遺伝分析により,調査個体群のラメットの遺伝構造を評価した.調査対象種では,複数のラメットが密に集まりパッチを形成し,そのパッチが調査地で散在している.その空間分布からパッチはクローンで形成されており,パッチ内のラメットは似たような形質を共有すること,また送粉効率を考慮する際,この遺伝的な空間構造を評価する必要があることを想定していた.しかし遺伝分析による結果は,空間的自己相関はあるものの,明確な遺伝子座の違いを検出できなかった.この結果は,当初予定していた雄繁殖成功の評価(花粉親の推定)を著しく難しくする.このことから,今後の研究の方針を若干変更する必要があり,ゴールに向けた進捗状況としては若干の遅れがあるが,既に遺伝情報がそろっており,修正した計画による野外調査と解析をすることで,当初計画の期間内に目的を達成できる見通しである.
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の結果より,カワチブシ個体群の遺伝構造と,アルカロイドの空間的分布が送粉者と植食者に与える効果を評価することができた.遺伝構造の結果は,昨年度の結果からの見込を少し修正するものであった.カワチブシにおいては交配が広く行われており,想像以上にクローンよりも種子繁殖が行われていることが示唆された.またこのことから,雄繁殖成功の評価を遺伝子座判別により行う当初の予定は難しくなった.また,調査した個体群において,花粉のアルカロイドは送粉者(マルハナバチ)にとって致死量に達するレベルであるのも関わらず,即座の行動を変えるものでないこと,またその花粉を利用していることが明らかになった.花蜜にはアルカロイドを含んでいないため,実際に採餌している送粉者に毒を認知できていないのかもしれない.この点で,植物は毒をうまく利用して消費される花粉を減らす,すなわち雄性配偶体を保護しているといえそうである.しかし,送粉者であるマルハナバチのコロニーにとって毒の蓄積が本当に無害なのかは不明である.アルカロイドが送粉者のコロニーの衰退を早めるのであれば,開花期後半の送粉者不足は免れない.これらの結果より,次年度研究においては,まず,アルカロイド量の異なる個体群において,送粉者マルハナバチによる送粉効率の比較を行うことで,アルカロイドが送粉効率に及ぼす効果を評価する.次に,植物とマルハナバチが有するアルカロイドの時間的な変化に着目して,送粉者の行動と植物の繁殖成功を評価する.この両者とこれまでの成果より,アルカロイドの時空間的な変異を示し,アルカロイドの送粉生態系における役割と,植物―植食者相互作用における役割を統合した,生態系全体におけるアルカロイドの機能とその植物の繁殖成功へのフィードバックについてとりまとめる.
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Causes of Carryover |
コロナ禍における野外調査の難しさから,野外調査遂行が若干できていないため,調査費,分析費等の支出が予定よりは少なめであった.次年度にはその調査,分析を行うためこれを支出する予定である.
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Research Products
(4 results)