2019 Fiscal Year Research-status Report
時康親王・常康親王サロンの研究―遍昭の和歌表現を足がかりとして―
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19K13057
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Research Institution | Chitose Institute of Science and Technology |
Principal Investigator |
山下 文 公立千歳科学技術大学, 理工学部, 講師 (20711203)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 僧正遍昭 / 良岑安世 / 六歌仙 / 比叡山 / 複合動詞 |
Outline of Annual Research Achievements |
本計画は、遍昭の和歌表現を通して、「六歌仙時代」の歌壇やサロンの様相を明らかにし、『古今和歌集』編纂以前に和歌がどのように詠まれてきたのかを究明しようとするものである。平成31(令和1)年度に行った調査・研究では、二つの方面からのアプローチを試みている。以下に、現時点での成果をそれぞれ述べる。なお、当初の計画予定から変更を余儀なくされた経緯等についてはここには触れない。 まず、第一のアプローチは、「六歌仙時代」の和歌に詠まれる複合動詞に着目したものである。遍昭をはじめとした六歌仙時代の歌人たちは複数の複合動詞を用いている。その中には『万葉集』の時代から広く使われてきたものもあれば、遍昭が和歌に詠んだことで後の時代に大きな影響を与えたものもある。現時点では断定できないが、複合動詞の利用状況の調査から、六歌仙時代が和歌表現の転換期の一つとなっていることが明らかになりつつある。 第二のアプローチは、遍昭の仏教的環境を仏教史料によって探るものである。遍昭の宮廷での位置づけを明らかにしようとする場合、文学研究では和歌集や歌物語を取り上げることが一般的である。ここでは、それに併せて比叡山に関わる史料(園城寺文書・伝述一心戒文・延暦寺故内供奉和尚行状など)や漢詩文にも着目した。それによって、遍昭は父安世らの影響により幼い頃から仏教的環境にあったことや、在俗時から叡山の有力な僧侶と交流があったことなどが明らかとなった。そして、和歌に仏教的要素が見られるか否かが、その歌の成立時期を決める材料としてそれほど重要ではないことも明らかになった。なお、この研究成果は論文「僧正遍昭雑考」(『公立千歳科学技術大学紀要』1-1、2020年3月)にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画では、遍昭と同時代の歌人たちの和歌に、遍昭特有の和歌表現が直接的に影響を与えていると仮定して調査・分析を進めることにしていた。しかし、歌人として長く活躍した遍昭の和歌の多くは詠まれた時期を確定することが難しい。加えて、「業績の概要」で示した第二のアプローチの成果から、遍昭の和歌に見られる仏教的要素が詠歌時期の判断材料にならないことが明らかとなった。そのため、遍昭の和歌と同時代歌人の和歌の間に、直接的な影響関係があったとする前提そのものに若干の無理があったことも判明した。そこで、当初計画の最終目的(六歌仙時代のサロン・歌壇の様相を明らかにすること)に近づくために、現在は当初の計画より広範な調査・分析をおこなっている。 また、令和2年2月末~3月初旬に、東京での資料調査を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いやむなく中止した。所属機関が所蔵していない書籍の閲覧のために、他の大学図書館等に出向くことも困難になっている。そのため、計画初年次に閲覧を予定していた書籍の一部については未だ確認できていない状態である。 以上から、現在までの進捗状況を「3 やや遅れている。(slightely Delayed)」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
上記「現在までの進捗状況」にも示したように、遍昭の仏教的側面は幼少期から涵養されたものであることが明らかになった。これは、仏教的要素の強い遍昭歌であっても、必ずしも遍昭出家後の詠と言い切れないということである。このように、遍昭歌の詠歌時期の判断は容易ではない。そのような遍昭歌の表現を、生没年の詳らかでない同時代歌人の和歌と比較し、六歌仙時代の和歌の様相を明らかにしようと試みることには無理があると言わざるをえない。 そこで、令和1年12月頃より、特色ある和歌表現の採集対象を遍昭に限定せず、遍昭と同時代の和歌全般に広げることとした。さらに、用例の採集に当たっては、複合動詞に特に着目している。その理由の一つとして、既存の動詞の組み合わせによって成る複合動詞は、「創作」が可能だということがある。もし、ある複合動詞がそれより前の時代に全く用いられていなければ、その表現はその時期に意図的に創り出されたものと見なせるのである。複合動詞がどのように和歌の中に用いられているのかを、六歌仙時代を規準にしてその前後で比較・分析してゆけば、六歌仙時代にどのように和歌が詠まれていたのかを明らかにすることができると考えている。これは、ひいては当時どのようなサロン・歌壇が形成されていたのかを明らかにすることにつながるに違いない。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が15万円以上生じた最大の理由として、次の三点がある。①新型コロナウイルスの感染拡大により、平成31(令和1)年度末に予定していた東京への資料調査を断念したこと(約12万円)。②平成31(令和1)年度に購入予定だったプリンターのトナーが未購入であること(約2万円)。③初年度に購入した書籍が想定よりも安価だったこと(差額約1万円)。 令和2年度の早い時期に新型コロナウイルスの流行が収まれば、平成31(令和1)年度に予定していた東京での調査を令和2年度中におこないたいと考えている。もし、それが叶わない場合には助成金の用途を変更し、閲覧予定であった書籍の一部を購入することも視野に入れている。 令和2年度分の助成金の使用計画は、現時点で変更は予定していないが、社会の状況を注視しながら、柔軟に対応を考えてゆきたい。
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Research Products
(1 results)