2020 Fiscal Year Research-status Report
時康親王・常康親王サロンの研究―遍昭の和歌表現を足がかりとして―
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19K13057
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Research Institution | Chitose Institute of Science and Technology |
Principal Investigator |
山下 文 公立千歳科学技術大学, 理工学部, 講師 (20711203)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 複合動詞 / 六歌仙 / 和歌表現 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、僧正遍昭(816-890)の和歌に用いられる特徴的な和歌表現に着目し、遍昭周辺の文化的サロンの様相を明らかにしようとするものである。2019年度途中より、対象を遍昭の近辺で活躍した他の歌人に広げた。2020年度からは、研究に一貫性を持たせるため調査対象を複合動詞に限定した。以下、2020年度の研究活動の成果の中から、2点を取り挙げる。 1点目として、歌人によって使用する複合動詞の傾向が異なるということである。遍昭はVV型の複合動詞を用いることが多く、類似表現を用いることは少ない*1。遍昭歌中には10例の複合動詞があるが、9例がVV型である*2。一方、在原業平は「ながめくらす」「かきくらす」といった類似表現を多用しており、29例の複合動詞の約半数がVs型である。また、遍昭の用いる複合動詞のうち5例はそれ以前に用例がなく、12世紀に入る迄ほとんど用例がない。このようなことから、遍昭はVV型の複合動詞を和歌表現として創出していたことがうかがわれる。 次に、和歌表現としての複合動詞は、時の流れとともに変化するということである。例えば「扱く」を前項とする複合動詞は『万葉集』では「扱き入る」「扱き敷く」のみだが、六歌仙時代に「扱き散らす」、10世紀初頭に「扱き混ず」「扱き垂る」が用いられ始める。また時代が下がると「扱く」の意味が薄れて接頭語化し、pV型へと変化してゆく。 2020年度は複合動詞のデータを単語ごとに分析してきた。2021年度は各分析結果を「サロン」「歌壇」というグループの枠組みで捉え直すという段階に移りたい。 *1 複合動詞はVV型(動詞+動詞)、Vs型(動詞+補助的な動詞)、pV型(接頭語化した動詞+動詞)、V(一語型)に分けられる。*2 ここでは、助詞を介するものは除外した。遍昭歌は三代集と新古今集に所収の29首を、業平歌は三代集所収の43首を対象とした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
本計画は3つの段階に大きく分かれており、当初は以下のような流れで、2年間で実施する予定であった。 ①(2019年4月~12月迄)研究の対象となる歌人、およびその歌を収集する段階 ②(2020年1月~2020年8月)収集したデータを歌人や表現ごとに分析・考察する段階 ③(2020年9月~2021年3月)調査成果を「サロン」「歌壇」というグループの枠組みで捉え直す段階 しかし、①を一通り終えた段階で、調査対象とする歌人を53人から87人に増やし、更に、扱う和歌表現を複合動詞に限定した。複合動詞については多くの研究の蓄積があり、先行研究の内容をある程度理解をしておく必要が生じた。そのため、①の完了が2020年4月までずれ込んだ。 また、コロナウイルス感染症の影響で、近隣大学の図書館への訪問が困難になり、②の段階で分析・考察をおこなう際に必要な書籍の閲覧が制限された。加えて、代表研究者が体調を崩したこともあって、2021年3月の段階で②を完了できていない状態である。なお、治療により、研究の遂行に支障のない状態に回復している。研究の遅れを取り戻すため、2021年3月より、③の段階の研究について、②と並行する形でおこなっている。 以上のような情況を鑑みて、当初2年であった本研究課題の計画を延長し、3年でおこなうこととした。よって、ここでは「(4)遅れている」と評価をした。
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Strategy for Future Research Activity |
当初、本研究課題は、遍昭が属していたとされる常康親王と時康親王(光孝天皇)のサロンの様相を明らかにすることを目指していた。しかし、常康・時康に限定することは、収集するデータの幅を狭めてしまうため、遍昭と時代の重なる歌人の全てを対象としてデータ収集をおこなった。この判断により、それぞれ性格が大きく異なる複数のデータが集まることになった。2021年度はこのようなデータを元に、「「サロン」「歌壇」というグループの枠組みで捉え直す」段階の研究をおこなうことになる。よって、集まったデータを複数の側面から分析する能力が求められる。そこで、遍昭が生きていた時代の文化的・政治的風潮、僧侶としての遍昭の素養、言語学的な研究の蓄積などに目を向けて研究を推進する必要がある。 遍昭が生きていた時代の文化的・政治的風潮としての一つに、仏教儀礼の天皇家・貴族への浸透がある*1。また、遍昭は天台宗の遮那業年分度者であり、法華経に加えて金剛頂経、大日経、蘇悉地羯羅経を学んでいる。また、貞観年間には草木成仏説が法会で話題にのぼり、これに影響を受けた歌があるとされている*2。 2021年度は、和歌表現を和歌の世界のみで理解するのではなく、特に仏教的側面に着目して、遍昭の和歌表現を取り巻く情況を論じてゆきたいと考えている。
*1 駒井匠氏「天皇の受灌頂と皇帝の受灌頂」『仏教がつなぐアジア―王権・信仰・美術』勉誠出版、2014年 ほか。*2 中野方子「『古今集』の心の歌と仏典─「心」の歌ことば生成の背景」『三稜の玻璃─平安朝文学と漢詩文・仏典の影響研究─』武蔵野書院、2021年 ほか。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じたのは、研究の進捗状況が遅れており、研究期間の延長を申請したためである。次年度は主に、ILLによる資料の取り寄せ・書籍の購入に研究費を使用する予定である。 2021年度も他大学の図書館を直接訪問して資料を閲覧することは困難であろう。研究計画の遂行のために、所属大学の附属図書館を通して複写物の取り寄せや、現物の貸借が必要になる。その際の複写料金・送料として使用する。また、複写や現物の貸借が難しい書籍については、古書の購入を計画している。
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