2020 Fiscal Year Research-status Report
新出資料紅梅文庫旧蔵本を中心とした三条西家源氏物語本文の再構築に関する研究
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19K13063
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Research Institution | Jissen Women's University |
Principal Investigator |
上野 英子 実践女子大学, 文学部, 教授 (60205573)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 室町時代の源氏物語諸本 / 紅梅文庫旧蔵本 / 三条西家本 / 三条西実隆 / 青表紙本系 / 六半本 / 四半本 / 藤原定家 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究の発足から2年、源氏物語の本文に関心をもつ研究者と共に、定期的にZOOM研究会を開催し各自の研究成果を報告しあってきた。その結果、紅梅本について見えてきた事柄と課題等を箇条書きで記す。これらの成果は今後、研究報告書として刊行予定である。 (1)Ngramを用いた表記法の分析結果によれば、紅梅本と本文が非常に似ている巻は、日大本(4巻)、書陵部本と保坂本が(各1巻)であった。また本文が似ている巻は、日大本が(25巻)書陵部本(5巻)保坂本(6巻)大正大学本(7巻)大島本(3巻)となった。総合的に見て、三条西家の最終本文となった日大本との共通性が最も強く出てきたが、書陵部本との類似性も無視できない。紅梅本を通して類推するに、書陵部本作成時に底本として用いられたであろう実隆の〈文明本〉は、実隆自身が書写を担当した篝火巻以外に、少なくとも5巻ほどは存在していた可能性が出てきた。 (2)2019年に藤本孝一氏によって紹介された「新出定家四半本若紫」との距離は、少なくとも本行だけをみて比較した場合、大島本よりは紅梅本や日大本の方が親しいことが判った。但し訂正加筆を加えた本文で比較すると、逆に大島本が最も親しくなる。とはいうものの大島本の訂正加筆には複数の筆が見られ、今後の精査が必要である。 (3)実隆は3度目のテキストとなる〈大永本〉作成時に、伏見宮家「南御方本」を借用書写している(『実隆公記』)。ここでいう「南御方」とは、かつて実隆の〈文明本〉を借用し全冊書写していた伏見宮家の「上臈局」と同一人物であることが判明した。(4)紅梅本若紫巻に施された13箇所の朱鉤点は、三条西家の注釈書ではなくすべて『河海抄』『紫明抄』と一致していた。おそらくそれは〈文明本〉で源氏物語を研究し始めていた当時(三条西家の注釈書が誕生する以前)の実隆の鉤点を反映した可能性があること。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
進捗状況が「やや遅れている」と解答した理由を記したのち、評価点を報告する。 (1)当初の計画では、三条西家の源氏物語に関連する諸本(日本大学本・天理図書館蔵肖柏本・蓬左文庫本等)を研究会のメンバーと共同で書誌調査する予定であったが、新型コロナウイルス蔓延の影響で、すべて延期もしくは中止せざるを得なかったこと。 (2)本文異同調査を行うための基礎データとして依頼していた『源氏物語大成 校異篇』本文の入力が、思うように捗らなかったこと。今後は54帖全巻の入力を断念し、採り上げるべき巻に限定した入力に切り替えるべきかと考えている。 (3)紅梅本(影印2656コマ)のインターネット公開にむけて、紅梅本1コマ毎に、それに対応する『源氏物語大成 校異篇』の頁数行数を加えていかなければならないが、その照合作業が手つかずであったこと。 ともあれ、研究会によって、①室町時代の諸本文中、紅梅本の各巻に近接している本があるとすれば、それはそれぞれどの写本なのかという問題に見通しがついた。また②『伏見宮家実録』等により、明応4年(1485)に実隆の〈文明本〉を全冊書写した同家の上﨟局(左大臣今出川教季女・邦高親王室・嫡子貞敦親王母)が、永正年間には「南御方」と呼ばれていたことが判明し、これによって紅梅本の親本を実隆が再利用していたらしいことも判明した。なお紅梅本の本文料紙についてだが、申請者が属しているもうひとつ別の科研費研究テーマのもと、紅梅本の料紙を3Dマイクロデジタルスコープを用いて観察したところ、楮主体の素紙(打紙処理を施さない)であることが判明した。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究はこの2年間である程度の見通しはついた。だが新型コロナウイルスの蔓延により、共同書誌調査は実施できず、さらにzoom研究会を通して新たな課題もいくつか出てきたため、今後はこれらの諸点を補完しつつ、最終的には、研究報告書の刊行と紅梅本のインターネット公開まで進めたいと思っている。 なお、三条西家の本文史という観点からの今後確認しておきたい課題とは、例えば以下のようなものである。 1、紅梅本の存在によって、権大納言時代の実隆の奥書と校合識語を有する書陵部本は、取混ぜ本を寄合書きしたものであり、実隆の本文と言うよりは実隆協力本として位置づけるべきだろうということが判明した。但しNgramによる統計調査から、実隆が書写した篝火巻以外にも、紅梅本との本文の類似性が窺われる巻がでてきた。それらを実際の本文異同調査から追確認する必要がある。 2、蓬左文庫本は実隆の奥書から、孫にあたる実枝の手沢本として作成されたことが窺われる。一方、実枝は晩年に源氏物語の注釈書『山下水』を作成、そこでは注の項目毎に三条西家の本文を引用しているのだが、実枝が採用したのは日大本だったのか、蓬左文庫本だったのかを明らかにする。Ngramによる統計調査によれば、日大本と蓬左文庫本とは類似しているが、幾つかの巻では大きく異なっている。 3、影印の公開に際しては利用者の弁を考慮して、全2656コマにそれぞれ『源氏物語大成』頁数行数との対応関係を付けていくつもりである。その準備を2021年度からとりかかりたい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの影響で予定していた書誌調査が延期になったため、旅費が発生せず、次年度使用が生じた。可能であるならば2021年度に実施し、研究報告書のなかに盛り込みたい。主な調査先は、天理図書館(奈良県天理市)・日本大学(東京都)・蓬左文庫(名古屋市)等である。但し天理図書館は1回に一人4冊までしか出納できないため、共同で複数期間にわたって調査する必要がある。
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Research Products
(1 results)