2021 Fiscal Year Research-status Report
メンタル・スペース理論による日常言語に潜む提喩性の解明
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19K13205
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Research Institution | Kindai University |
Principal Investigator |
大田垣 仁 近畿大学, 文芸学部, 准教授 (60732360)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 提喩性 / 下位カテゴリーの認知特性 / 真の類による提喩(同時理解) / 弱い類による提喩 / 種による提喩の換喩性 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は理論面での提喩の再定義、定式化が研究のゴールとなった。その背景には、認知言語学と日本のレトリック研究における提喩観の対立があった。提喩はながらく定義がゆれており、伝統的なヨーロッパの修辞学はこれを換喩の一種とし、その影響下にある認知言語学も提喩を換喩の一種または、換喩と連続するものとしてとらえてきた。一方で、佐藤信夫や瀬戸賢一などの日本のレトリック研究者はグループμのかんがえをもとに、カテゴリーの包摂関係をもつもののみを提喩として再定義した。このかんがえは佐藤をうけた Seto(1999)で海外のこの領域の研究者もしるところとなったはずだが、いまだに認知言語学では全体‐部分の関係を代表的な提喩の類型とする。これは、イメージ・スキーマによって換喩と提喩をみると、両者の認知的な構造に類似性がみられるからである。提喩と(全体‐部分の)換喩を独立させるか連続するものとしてみるかは、たがいをほとんど意識しない趣で現在も併存している。 この状況に対し、提喩の成立について語用論的コネクターによるカテゴリー間の外延操作というメンタル・スペース理論の観点を導入することで、換喩と提喩につぎのような共通点と相違点があることをあきらかにした。(1)提喩はトリガーの属性によるターゲットのカテゴリーや値に対する限定という換喩とおなじ特徴をもっている。(2)提喩における個別化と一般化という操作は語用論的コネクターを介したカテゴリーの限定という操作にまとめることができる。(3)類による提喩は同時理解という換喩にはない特性をもっている。(4)提喩と換喩は、(視覚的)焦点化や婉曲化という共通する発話のストラテジーをもつ。(5)「よわい類による提喩」が存在し、名詞句指示のありかたとしては通常の操作(i.e. 役割関数)とかわらないが、発話のストラテジーにおいて通常の名詞句解釈にはない特性をもっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、提喩現象について次の5つの課題を設定している。(1)カテゴリーの飛躍および、差異的特徴と提喩性。(2)「N1のN2」型名詞句における、提喩と隠喩との相違。(3)集合関係を超えて生じる提喩的認識。(4)キャラクター概念を生じさせる動機付けとしての提喩。(5)換喩と提喩の間にある断続と連続。 これらのうち、2019から2020年度は、(2)についてN1のN2型名詞句に生じる比喩について着目し、記述と類型化、メンタル・スペース理論による定式化をおこなった。 2021年度は新型コロナウィルス感染拡大にともなう移動制限により、当初予定していた所属大学の所蔵漫画をもちいた提喩表現の網羅的な記述がむずかしくなった。よって、応用的な記述は先おくりとし、すでにしられている例文をもとに、課題の(1)(3)(5)を統合した形で、名詞句に生じる「提喩性とは何か」についてメンタル・スペース理論の観点から検討した(概要は、上記の研究実績でのべたとおりである)。この研究は、2022年3月に論文にまとめることができた(i.e. 大田垣 仁(2022):「提喩性について-語用論的コネクターから提喩をみる-」『語文』(第116・117輯))。結果としては、提喩と換喩の連続性と断続をどうとらえるかにあらたな基礎づけをおこなうことができた。具体的には、提喩ならではの特性がある一方で、いわゆる「種による提喩」がメンタル・スペース的にみて換喩にかなりちかい現象であることを発見した。その一方で、当初予定にふくまれていた、「カテゴリーの飛躍で生じる提喩の修辞効果」や「種差概念が臨時的に類概念化する現象」は記述の不足や、無理に研究内容にもりこむことで提喩性の基礎づけがぼやけてしまう懸念が生じたので、考察からはずすことにした。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は本研究の最終年度にあたる。今年度の成果から新たにうまれた観点も含め、次の3つの課題について検討する。すなわち、(1)言語記号のふるまいに類似点が発見された、種による提喩と換喩の性質の吟味、(2)提喩がもつ修辞性およびキャラクター属性の記述と分析、(3)差異特性の臨時的類概念化で生じる提喩の分析である。 今年度、名詞句に生じる換喩との比較によって提喩性を分析するなかで、提喩ならではの特性(i.e. 同時理解)がある一方で、「種による提喩」(i.e. 「ご飯たべた? 」の「ご飯」のような、下位概念が上位概念全体を限定するために使用される現象)がメンタル・スペースの認知的構築において換喩にかなりちかい現象であることを発見した。これ以外の類似点(i.e 視覚的焦点化と婉曲化)については今年度の研究成果としてまとめたが、この点についてはまだ考察をふかめられていない。両者の類似性は提喩と換喩の位置づけに変更をくわえるクリティカルなポイントになりそうなので、メンタル・スペース理論による拡張的な名詞句指示のモデルをつかって、さらなる検証をおこなう。難点は、先行研究が種による提喩の実例をかぎられたパターンでしか報告していないことである。同様に、提喩がもつ修辞性やキャラクター属性、複合語の補部に生じる差異特性が類概念化する現象についても、現象のそもそもの実在性を判断するための記述が不足している。これらの現象に該当するデータの収集はコーパスによる検索がむずかしく、発話の文脈を追跡するなかで該当例をすくいあげていく必要がある。よって、申請者の所属する大学の図書館が所蔵する数万冊の漫画をデータの収集源としてもちい、収集したデータに対して昨年度にみちびきだした提喩性のモデルを適用することでメンタル・スペース理論による記述、分析、定式化をおこなう。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症蔓延にともなう移動制限により、科研費の執行を行うことが滞った。学会・研究会もオンライン化されたことで旅費が発生せず、また例年同時開催される書籍展示に目を通すこともなくなった。オンライン書店を利用することはあっても、大型書店にいって新刊の背表紙や内容を確認する機会も激減した。したがって、今年度の研究費使用は、研究用に使用していたパソコンを買い換えることのみとなった。 繰り越した助成金については、今年度購入予定で未購入となった書籍、物品のリストをもとに、書籍や物品の購入にあてる予定である。
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Research Products
(1 results)