2020 Fiscal Year Research-status Report
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19K13544
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Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
菊地 一樹 創価大学, 法学部, 講師 (70734705)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 被害者 / 自律 / 自衛 / 確認措置 / 被害者解釈学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、主として、法益主体(被害者)が自己の法益を保護するための十分な措置を怠っていたという、被害者の「落ち度」が、犯罪の成否にいかなる影響を与えるかというテーマについて、従来の学説を整理し理論的な検討を試みた。 近年、我が国の判例や学説においても、被害者が自衛(確認)措置を怠っていたことを、行為の可罰性を検討する際に考慮する見解が、散発的にではあるが有力に主張されるに至っている(例えば、詐欺罪の成立要件として、被害者側の十分な「確認措置」を要求する見解や、住居侵入罪の成立要件として、物理的ないし心理的な「障壁」の存在を要求する見解などなど)。しかし、こうした発想を正当化する根拠や射程についての、理論的検討がなされているとはいえない。 これに対して、ドイツでは、1980年代から、被害者に期待される十分な自衛措置の存在を、法益の要保護性を認めるための要件とすることにより、犯罪の成立要件に正面から読み込もうとする「被害者解釈学(Viktimodogmatik)」と呼ばれる立場が盛んに主張され、その理論的な当否をめぐり、多くの議論が蓄積されている。そこで、本年度は、この「被害者解釈学」をめぐる、ドイツの議論について網羅的に調査し、検討を進めた。その結果、「被害者解釈学」の理論的な根拠・射程(適用される犯罪類型等)、基準をめぐって、必ずしも一枚岩な主張がされているわけではなく、論者ごとにかなりのヴァリエーションがあることが明らかになり、また、被害者解釈学に対して加えられている批判についても整理できたことで、我が国でこの問題を議論する際のヒントを得ることができた。以上の研究成果は、次年度において、論説の形で公刊をする予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ドイツにおける「被害者解釈学」に関しては、網羅的な検討を加えた先行研究が我が国において存在しないため、その議論状況を客観的に整理したことで、我が国で今後議論をするための手がかりを得られたことは収穫であった。 他方で、被害者解釈学は、刑法総論と刑法各論にまたがるテーマであり、関連するドイツの文献も多いため、その資料収集と分析に時間を要し、本年度内に論説を公刊することが間に合わなかった。 以上、総合すれば、やや遅れていると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、まず、本年度の研究成果について、論説の形で公刊することを予定している。 さらに、法益主体(被害者)の意思や行動が犯罪の成否に与える影響を明らかにするための各論的な課題として、今後は、性犯罪を主な素材として、研究を進めていく予定である。性犯罪については、近年大きな改正があり、現在でも不同意性交罪の新設(暴行・脅迫要件の撤廃)等をめぐり、激しい議論がなされているが、こうした議論を進めるための前提として、そもそもの性犯罪の処罰根拠や、当罰性のある性的行為の限界について、法益主体(被害者)の意思や行動の持つ犯罪論上の意義を中心に据えた本格的な検討が必要である。 そこで、本研究では、その具体的な取り組みとして、「錯誤・欺罔に基づく性的行為」の当罰性について検討を加える予定である。このテーマについては、すでに先行研究もある程度存在しているが、いずれも解釈論を中心とするもので、当罰性の内実や限界をめぐる議論が十分になされてきたとはいえない。また、近年では、このテーマをめぐり、性交にあたり相手方に秘して避妊具を取り外すという、いわゆる「ステルシング(Stealthing)」の処罰の必要性や可否が、海外では盛んに議論をされている。そこで、まずは手がかりとして、ステルシングをめぐる議論を参照することを予定している。 さらに、就職、芸能活動の斡旋等といった利益誘導により、相手方に性的行為に応じさせるといった行為の当罰性についても、そうした利益の獲得を自覚的に選択する被害者の自律という観点から、理論的な検討を加える予定である。近年の裁判例においては、こうした事案をめぐり準強制性交等罪・準強制わいせつ罪を肯定したものも見受けられるため、「抗拒不能」要件をめぐる裁判所の先例を網羅的に検討しつつ、その問題の所在を明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
当初の計画では、外国への資料収集経費(ドイツ・フライブルク7日間)を計上していたが、新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、資料収集に行くことができなかったため、その分が余り、次年度使用額が生じた。 翌年度も、引き続き、海外へ資料収集に行くことは困難な状況にあるため、外国旅費として支出する予定はないが、性犯罪の研究計画の遂行にあたって、性犯罪に関連する文献を広く調査する必要があるため、その収集費用として支出する予定である。
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