2019 Fiscal Year Research-status Report
株主の取締役に対する会計情報の開示請求権:最適な制度設計のための比較制度研究
Project/Area Number |
19K13576
|
Research Institution | Kindai University |
Principal Investigator |
千手 崇史 近畿大学, 経営学部, 講師 (80631499)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 株主の情報開示請求権 / 計算書類等の閲覧謄写請求権 / 貸借対照表・損益計算書 / 直接開示・間接開示 / 商法・会社法改正 / 帳簿・書類の調査権(アメリカ法) / アメリカ会社法 / アメリカ民事手続法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、株主が会社の現状を知り、取締役を制御するのに用いる情報開示請求権が行使しにくくなっている原因と対策についての研究である。 2019年度は会計情報のうち計算書類(貸借対照表・損益計算書)等を扱った。株主は計算書類等を容易に取得できるが、平成27年の裁判例は、会社が計算書類に関連する書類の作成義務を怠っていた事案において、改めて作成して株主に交付する義務はない旨判示し議論を呼んでいる。この問題意識を拡大し、計算書類等そのものが「作成されていない」場合も視野に入れ、資料収集と検討にあたった。 日本法のこの制度は戦後にアメリカの影響を特に強く受けている。そこで、戦後初の改正である昭和25年改正(現行法の原型)から始め、昭和49年(株主総会における直接開示制度の導入)、昭和56年(書類備置の終期が定められ、制度趣旨が一部変容)、平成14年(電子公告制度の導入)、平成17年(会社法の単行法化し現在の形に)など大きな改正を詳細に調べ上げ、計算書類等が開示されない事態への実効的な対処法は講じられてこなかったことを確認した。次に、学説や判例を上記改正に対応させて、この問題の対処法として提示されてきた多くの解釈論について、個別に現行法に照らして可能性・実効性を検証した結果、不可能ないし実効性に欠けることを確認した。 並行して、アメリカ法に関しても調査・研究に取り組んでいる。計算書類・会計帳簿など情報の種類ごとに異なる規定を持つ日本法に対し、アメリカ法ではあらゆる情報を一つの請求権で取得可能であるという大きな違いを始めとして、両制度の共通点や相違点に関して相当な資料・判例が収集でき、順次検討・整理している。また、日本法とアメリカ法の成り立ちや考え方の違いについては、両国の裁判制度・民事訴訟の仕組みに色濃く反映されていることを研究過程でつかみ、既に関連書籍を数冊読了して相応の知見を得ている。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
計算書類等(日本法)に関する研究に関して、4万文字を超える論文を既に執筆し、2020年1月の立命館大学商法研究会にて発表した。質疑応答の過程で平成27年判決の理解の仕方や問題点の捉え方、ヨーロッパ等他の法域の現状に至るまで多くの有力な知見を得た。その後も手直しを続けている。アメリカ法研究に関しては特に2019年度の中盤より本格化させ、洋書・和書を問わず相当な量の書籍・判例を入手して順次検討している。アメリカ法上の帳簿・書類の調査権はあらゆる会計情報の閲覧・調査のために「正当な目的」が必要であるとされており、その論点に関する者を中心とした多数の判例、またそれに関する数多くの論文を現在整理・検討中である。また、多くの州の制定法は株主の閲覧権が拒否された場合に何らかの形でこれの強制を可能としているとの文献にも接しており、この点は日本法との大きな違いである可能性が高いのでさらに調査・検討と執筆を続ける。なお、アメリカ法についても現在8000文字程度であるが執筆は完了している。 2019年度は、上記全ての過程において、日本私法学会等の学会、その他多くの研究会に活発に参加し、最新の議論状況の把握、視野の拡大、本研究への応用可能性の考慮等につとめた。2019年度の成果である上記計算書類等(日本法)の研究と(完成したところまでの)アメリカ法の研究さらに2020年度初旬の九州大学産業法研究会で発表し、さらなる知見を得て推敲をはかる予定である(なお、研究会はコロナウイルスの影響で急遽中止される可能性もある)。その後必要な見直しを行い、まず、計算書類等(日本法)に関する研究の箇所を単体の論文として2020年度の上半期に公表することを考えている。この論文は本研究全体からみると「計算書類の開示請求権が利用しにくい現状」に関して「我が国の法律が十分な対処をしてこなかった」ことの証左となる。
|
Strategy for Future Research Activity |
上記産業法研究会報告後、日本法における会計帳簿閲覧権の調査研究に着手する。会計帳簿を直接株主に閲覧させる「直接型」制度は世界では少数派であるが、直接型をとるアメリカから、戦後に強い要請を受けて日本法に会計帳簿の閲覧権が組み込まれた。日本法上会計帳簿の閲覧が可能なのはいわば「建前」である。一方で、多くの裁判例は閲覧を正面から認めていないが、これは企業にとって会計帳簿情報が秘匿されるべき情報であるという「本音」があるからだと分析している。2020年度も法改正と判例・学説を詳細に調査し、上記「本音と建前」に関わる利害状況を分かりやすく整理して、会計情報が株主に開示されにくい現状にアプローチしたい。これに関して、2020年7月の関西商事法研究会の発表を予定しており、それを通して推敲し年内に原稿とすることを予定している。 一方、アメリカ法の研究に関しては、予定通り2019年度に計算書類に関連する日本法とアメリカ法の研究、2020年度に会計帳簿に関する日本法とアメリカ法の研究という順序で同時並行的に進めている。しかし、アメリカ法の「帳簿書類閲覧権」と日本法の「計算書類・会計帳簿の閲覧権」という形で対比したほうが分かりやすい上に、我が国において「情報が株主に開示されにくい」問題の根源は何なのかをアメリカ法を通して時間をかけてさらに深く検討できる利点もある。 よって、業績の公表という側面からは、計算書類(日本法)に関する研究(前記)の公表に続き会計帳簿(日本法)に関する研究を論稿として公表、さらに、アメリカ法上の帳簿・書類の調査権に関する研究を公表し、これら合計3本の論文で問題点にアプローチする計画である。アメリカ法に関する研究もできるだけ早く執筆し、できれば2020年度下半期、遅くとも2021年度の上半期までには論文の公表が完了するように努力することでキャッチアップを図る予定である。
|
Causes of Carryover |
年度末に本科研費を利用してAmazonマーケットプレイスより発注した古書が、品切れにより2020年2月28日以降にキャンセルされたため、結果的に2019年度科研費につき若干の未使用分が生じた。 当該未使用額に関しては、2020年度請求の総額と併せて、研究遂行のために活用する。
|