2019 Fiscal Year Research-status Report
民衆の音楽文化におけるゲーテの詩の受容―絵解き師「ベンケルゼンガ―」の役割
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19K23085
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
横山 淳子 日本大学, 文理学部, 助教 (20648290)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | ゲーテ / 彩られたリボンを添えて / バラのリボン / ベンケルザング / ベンケルゼンガー / ドイツ民謡 |
Outline of Annual Research Achievements |
ゲーテの詩『彩られたリボンを添えて』を考察対象とし、ゲーテの詩がベンケルゼンガーによって語られ、民衆の歌文化の中に入って行く過程を検証した。 ドイツのフライブルクにある民衆文化・音楽研究所には、民衆がこのゲーテの詩を歌った際のテキストが約100点収集されていた。これらを精読したところ、いずれのテキストも、「互いに結ばれることを願っていながらもそれが叶わない男女の物語」に関連する内容であることが分かった。このことから、ベンケルゼンガーは、こうした物語の中に、ゲーテの詩を挿入して語っていた可能性が指摘できた。 また、これらのテキストはいずれも、ゲーテの原詩から大きく作り変えられているが、「バラのリボン」という表現は、そのまま取り入れていることが分かった。この表現は、ゲーテの詩が民衆に好んで歌われた理由を探るための、一つの手がかりになると考えられる。「バラのリボン」と言う表現が、民衆文化の中でどのような意味を持っていたかを調査したところ、「バラ」と「リボン」のいずれも、「愛」や「結合」を意味する一方で、「不吉な運命」や「別れ」「死」を暗示していることも分かった。 ベンケルゼンガーは、ゲーテの詩の「バラのリボン」が持つ二つの意味を効果的に物語の中で表現し、その面白さが民衆に受け、民衆はこれを民謡の中でも歌ったのではないかと考えた。ゲーテの詩は、もともと民謡や民衆の考えを取り入れているからこそ、民衆にとっても受け入れやすく、広い階層の人々に開かれたものとなったのである。 本研究を通して、ゲーテの詩の中から民衆的な要素を取り出し、それを民衆に効果的に伝えることで、民衆とゲーテの橋渡しをしたベンケルゼンガーの役割、そして、民衆の歌を取り入れながらそれを芸術詩へと高めることで、ドイツの歌が階層を越えて発展することに貢献したゲーテの功績を明らかにすることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ゲーテの作品の中で、民衆によって歌われ、その歌文化に影響を与えたものは複数確認できている。今回考察した「彩られたリボンを添えて」は、その中でも、ベンケルゼンガーによって歌われ、民衆がまるで「本物の」民謡であるかのように歌っていたという点で、代表的な作品と言える。 この詩については、以前ドイツへ赴いた際、民衆文化・音楽研究所にて、民衆が歌ったとされる資料を既に収集してあったため、スムーズに研究に取り掛かることができた。また、本研究の趣旨を理解してくださっていた研究所の司書Johanna Ziemann氏が、多数の資料を帰国後もメールや郵便で送ってくれていた。こうして十分な資料を入手できたことは、研究の大きな助けとなっていた。 民衆の歌文化とゲーテの作品の関係を語るうえで重要な作品を考察の対象とし、ベンケルゼンガーが果たした役割とゲーテの功績について、「研究実績の概要」で述べたような一つの結論を導き出すことができたこと、これまでの研究成果を、口頭発表、及び、論文の形で発表できたことで、本研究は順調に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
民衆の歌文化に影響を与えたゲーテの作品の中で、ベンケルゼンガーによって歌われていた作品が他にどれくらいあるか、まずは調査をする。現在のところ、ゲーテの戯曲「ファウスト」と書簡体小説「若きウェルテルの悩み」は、ベンケルゼンガーによって歌われたことが確認できており、そのテキストも収集済である。これらはいずれも、ベンケルゼンガーによって民衆に伝えられた後、民衆は自分たちで歌を作り、「民謡」という形で歌っていた。ゲーテの作品、ベンケルザング、民謡を比較考察することで、民衆はゲーテの作品から何を取り入れ、何を変更させたのか、具体的に指摘することができると考えられる。 ベンケルゼンガーについては、元々宗教的な特徴が強く、キリスト教の考えに則った説教や教訓を語ることで、民衆を教化する役割を担っていたと言われる。例えば「ファウスト」と「若きウェルテルの悩み」についていえば、人間の魂を賭けた悪魔との契約、そして、キリスト教ではタブーとされている自殺などが、ベンケルザングではどのように扱われ、民衆はどのように反応したのか、非常に興味深いところだと思われる。ゲーテがもたらした近代的な価値観、人間の生き方を、ベンケルゼンガーが民衆に伝え、それが民衆の歌文化に受け入れられたとしたら、ベンケルゼンガーが時代の転換期に果たした役割は非常に大きいものだと考えられるからである。 その他にも、ベンケルゼンガーによって歌われたゲーテの作品が確認できれば、その中からいくつかの作品を取り上げて具体的に考察することで、民衆の歌文化とゲーテの詩がどのような影響を及ぼし合い、互いに発展したのか検証したい。また、ベンケルゼンガーは、何故そのゲーテの作品を選び、どのように民衆に語ったのかを考察する事で、民衆とゲーテをつないだベンケルゼンガーの役割も一層明らかにしていきたい。
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Causes of Carryover |
当初、2019年度の春休みにドイツへ渡航し、資料収集する予定であった。しかし、初めての入試業務、学科内の業務があり、ドイツへの渡航を次年度に見送った。そのため、次年度使用額が生じた。2020年度には、ドイツへ渡航して資料収集を行うため,助成金を使用する予定である。
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Research Products
(2 results)