2011 Fiscal Year Annual Research Report
「マイクロサッカードとしての在来知」に関する人類学的研究
Project/Area Number |
20320131
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Research Institution | Hirosaki University |
Principal Investigator |
杉山 祐子 弘前大学, 人文学部, 教授 (30196779)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
曽我 亨 弘前大学, 人文学部, 教授 (00263062)
大村 敬一 大阪大学, 言語文化研究科, 准教授 (40261250)
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Keywords | 在来知 / 身体 / 動き / 環境 / 技術 / 社会 |
Research Abstract |
本研究の目的は、在来知(local knowledge)を、身体の「動き」を切り口として描き、身体・環境・社会を架橋する視座を得ることである。生業活動に焦点をあて、在来知の生成過程を描く試みを行った。具体的には、青森県の川漁師、エチオピアの土器職人、ザンビアの焼畑農耕民、オセアニアの漁労民を対象とした調査結果を、共通フィールドである秋田県の養蜂業者に関する調査結果と擦り合わせ検討した。得られた知見は主に次の通りである。 (1)分節化と接続:生業における一連の身体の動きは、複数のまとまりを作りながら分節化する。生産に関わる諸分節は、その消費をめぐる別の原則によって生じる分節に接続され、全体を構成する。在来知は、別の原則に従って組織された分節が相互に接続することによって、異なるシステムの接合体として生成する。(2)異質なパラダイムの併存:人々の共同作業においても、参加者は別々の経験をもって関わりながら相互に行為を接続させ、全体としての活動が成立する。それは、相矛盾するパラダイムを併存させ、突拍子もない発明の素地ともなる。(3)意思をもつものとしての対象:在来知を特徴づけるのは、人々が対象を自己の管理下に置くことによってではなく、それらの指向性を受け入れ、そこに寄り添う動きを選択することによって、関係を安定させ、ある種の操作を行おうとする点である。このとき重要なのは、その対象が人間であれ非人間であれ、意思をもつものとして捉える認識のしかたである。(4)社会の記憶へ:人がその対象を意思をもつものとして扱うことは、その行動特性や環境における位置取りを背景に、対象を自分のなじみの世界に住まわせる結果を生む。それは知についての物語を生成し、在来知を社会の記憶へと結晶させる。 以上のような視点に基づくことによって、身体の動きと対象、環境、社会が相互に方向づけあう過程として在来知を描く可能性が得られた。
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